も犯したように譏《そし》るじゃろうが、孟子の曰く、大人に説くにすなわちこれを藐《かろん》じその魏々然たるを視《み》るなかれと、予は三十歳ならぬ内に、蘭国挙げて許した支那学の大親方グスタウ・シュレッケルと学論して黄色な水を吐かせ、手筆の屈伏状を取って今に日本の誇りと保存し居るほど故、ミュラーの幽霊ぐらい馬糞とも思わぬ。これほどの英気あらばこそ錦城館のお富に惚《ほ》れられるのだと自惚《うぬぼ》れ置く。それからダニール・ウィルソンいわく、新世界へ欧人移り入りて旧世界でかつて見ざる格別の異物を睹《み》た時、その鳴き声を擬《まね》て名を付けた例多し。アイ(獣の名)、カラカラ、ホイプールウィル、キタワケ(いずれも鳥の名)等のごとし。しかるに新世界にあり来ったインジヤンはこれと反対に、欧人将来の諸動物をその性質動作等に拠って名づけた。例せば馬のチェロキー名サウクイリ(小荷駄運び)、デラウェヤ名ナナヤンゲス(背負い運び獣)、チペワ名パイバイジコグンジ(一蹄獣)、またダコタ人は従前物を負う畜ただ犬のみあったから、馬をスンカワカン(霊犬すなわち不思議に荷を負う畜)と呼ぶがごとし(一八六二年版『有史前の人《
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