に胡馬というなり〉と説いたが、物茂卿が、梅《めい》をウメ馬《ま》をウマというは皆音なりというた方が至当で、ウは発音の便宜上加えられたんだろ。
 故マクス・ミュラー説に、鸚鵡《おうむ》すら見るに随って雄鶏また雌鶏の声を擬し、自ら見るところの何物たるを人に報《しら》す。それと等しく蛮民は妙に動物の鳴音を擬《まね》る故、馬の嘶声を擬れば馬を名ざすに事足りたはずだが、それはほんの物真似で言語というに足らぬ。われわれアリヤ種の言語はそんな下等なものでなく、馬を名ざすにもその声を擬《まね》ず。アリヤ種の祖先が馬を名ざすに、そのもっとも著しい性質としてその足の疾き事を採用した。梵語アース(迅速)、ギリシア語のアコケー(尖頂《けんさき》)、ラテンのアクス(鍼《はり》)、アケル(迅速また鋭利また明察)、英語アキュート(鋭利)等から煎《せん》じ詰めて、これら諸語種の根源だったアリヤ語に鋭利また迅速を意味するアスてふ詞《ことば》あったと知る。そのアスがアスヴァ(走るものの義)、すなわち馬の梵名、リチュアニア語のアスズウア(牝馬)、ラテンのエクヴス、ギリシアのヒッコス、古サクソンのエツ(いずれも馬)等を生じた
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