と知られよ。
屁が済んだから今度は馬の糞の話としよう。糞|成金《なりきん》になり得るかも知れぬからしっかり読むべし。『大清一統志』二二二に、湖南の金牛岡は昔赤牛江を渡り糞するを見ると金だったので、蹤《あと》跡《つ》け行くとここに至って見えず、その地を掘って金を求めた跡が現存すといい、二四〇巻には秦の恵王蜀を伐たんとて石の牛五頭を作り、毎朝金をその後に落し牛が金を便するという、蜀人悦んでこれを乞い迎え入れた、その時作った石牛道、すなわち剣閣道から伐ち入って蜀を滅ぼしたとある。田九郎というもの、三日に一度必ず金を糞ともにする馬とて兄をあざむき、五十金に売りし事『醒睡笑《せいすいしょう》』一に出づ。
欧州には畜類が金の糞した話が多い。例せばクレーンの『伊太利俚譚《イタリアン・ポピュラー・テールス》』に、貧しい児が叔父に小さき驢を貰う、その下に風呂敷さえ拡ぐれば、銭を便して満てる。それを率きて行き暮れて旅亭に宿り驢と同室に臥すを怪しみ亭主が覗くと、銭多く出す様子、因って一分一体|異《かわ》らぬ他の驢をかの児の眠った間に、金の糞する驢と掏《す》り替えた。翌朝出で立ちて、途中で始めて気付き、引
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