似した。しかるにア、心羞ずる事甚だしく新婦の房へ入らず、厠《かわや》に行くふりして庭に飛び下り、馬に乗って泣きながら走り出で、インドに渡り王の近衛兵の指揮官まで昇り、面白|可笑《おか》しく十年を過した。その時たちまち故郷を懐《おも》うて死ぬべく覚えたので、王宮を脱走してアラビヤに帰り、名を変じ僧服し徒歩|艱苦《かんく》してカウカバン市に近づき還った。ここを去って久しくなるが、今も誰か己の事を記憶し居るかしらと惟《おも》うて、市の周辺を七昼夜潜み歩いて聞き行くうち、とある小家の戸口に坐った。家裏で小女の声して自分の年齢を問う様子。耳を聳《そばだ》て聞きいると、母答えて汝はちょうどアブ・ハサンが屁を放った晩に生まれたと言うを聞きて、さてはわが放屁はここの人々が齢を紀する年号同然になりおり永劫忘らるべきにあらずと、大いに落胆して永く他国に住《とど》まり終ったという。正確を以て聞えたニエビュールの『亜喇比亜紀行《ベシュライブンク・フォン・アラビエン》』にも屁を放って国外へ逐われた例を挙げおり、一七三五年版ローラン・ダーヴィユーの『文集』巻三にも、二商人伴れ行くうち一人放屁せしを他の一人|瞋《い
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