を「上るは下るは」といいホニホロと言わず、ホニホロは単に囃の詞《ことば》らしく、風を含み膨《ふく》れる体を帆《ほ》に幌《ほろ》とでも讃えたのでなかろうか。馬に縁ある打球戯をポロというほかに、ホニホロらしい洋語を知らぬ。ただしこの芸当オランダから来ただろうとはほぼ中りいる。というは、昔英国の五月節会に大流行だったモリス踊《ダンス》のホッビー・ホールスとて頭と尾は木造で彩色し、胴は組み合せで騎手の腰に合せ、下に布を垂れてその脚を覆《かく》す造馬がそれによく似居る。これはもとモールス人が始めた踊りで、スペインでモリスコと呼び、仏国では十五世紀に行われて、モリスクといった。英国へはスペインから移ったらしく、十六世紀にもっとも行われた。ピュリタン徒繁昌の際五月節会とともに禁止され、王政恢復後また行われたがいつとなく廃れおわる。それを予の知己の王立考古学会員などが、再興いな三興しようと企ていたが、戦争でジャンになったらしい。とにかくホニホロなる語を舶来と思うなら、欧州諸国語でホッビー・ホールス(英語)を何というかを調べなと好事家に告げ置く。
さてスウェン・ヘジンの『トランス・ヒマラヤ』にチベット
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