で卍字を書く、同じ鞭先を持ち、随え叶えと三遍唱えて掲諦《ぎゃてい》掲諦はらそう掲諦ぼうしい娑訶《そわか》と唱えて飼えば、いかなる狂馬も汗をかき申すべきなり秘すべしとあるが、今時そんな真似をすると人自身の方が狂馬のように見える。
 この篇発端に、梵授王が命を救われた智馬に半国を分ち与えんとした事を述べたが、支那でも〈人難を免るるは、その死なり、これを葬り帷を以て衾と為す、馬功あれば、独《ひと》り忘るべからず、またいわんや人においてをや〉(『淮南子』)といった。従って名馬を廟祀《びょうし》し、封官し、記念のために町を建てた外国の例を初めの項に出した。本邦でも秀吉の馬塚(『摂陽群談』九)、吉宗の馬像(『甲子夜話』五一)、その他例多く、馬頭観音として祀《まつ》ったのも少なからぬ。富田師の『秘密辞林』に、これは明王《みょうおう》観音両部属の尊で、馬口呑納余さざる※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]食《かんしょく》の義と、飢馬草を食うに余念なき大悲専念の義と、慈悲方便もて大忿怒形を現わし、大威日輪となりて(上に引いた日神スリアの事参照)、行者の暗冥を昭《てら》し、速やかに悉地《しっち》を得せ
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