もっとも牝馬を重んじ、これを買わんとして価を問うも真の事と信ぜず。これは貴君に差し上ぐるというような返事をする。二度目に繰り返し問うも何の答えもせず、よい加減なごまかしで済ます。三度目に問うと心|瞋《いか》って苦笑し、この牝馬を売るよりはわが家族を売ろうという。これは詼謔《おどけ》でなく、ベダイ人の癖として、友と離るるよりは好んで父母を質に渡す。もし不幸の際やむをえず牝馬を売る事ありとも、これを国外へ渡してのち子を生まぬよう施術せずに手離す例ありやすこぶる疑わし。また買い手が代価を議する前、売り手の双親一族親友輩がその馬の売却に異議なきやを確かむるを要す。然《しか》せざれば代金支払い後難題起り、またその馬を盗まる。また買い手はその馬生子に適する旨と、その体のどの部分をも要求すべき権利ある者一人もなき由の保証を取り置くべし。けだしベダイ人大いに金に不自由を感ずる時、その持ち馬の身の諸部を売って容易に金を手に入れる。右前脚は誰、左前脚は誰、後脚は某々、尾は某、耳は某という風に一疋の馬を数人に売り、その人々その持ち分に応じてその馬の労力や売却の利を分ち享《う》けんと構え居る。この風を心得ず牝
前へ 次へ
全212ページ中195ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング