軽き羊豕等は毎度その用あるに臨んで、たやすく殺しすなわち忘らるるに反し、大事の場合に主君の命を全うすべき良馬は現世で優遇された報恩に、来世までも御供していよいよ尽忠すべしというのだ。
一三〇七年筆ハイトンの『東方史』四八章に、韃靼人は殺人を罪悪とせず。しかるに馬が物を食う時鼻革を脱ぎやらず、食事自由ならざらしむるを上帝に叛《そむ》く大罪とすとあり。タヴェルニエー言う、ノガイ人は、馬を飼いて餓渇に堪えしめ、その蹄堅くして蹄鉄を要せず、土や氷の上に足跡を印する事あたかも蹄鉄を附けたるがごとし、ただしかく育て上ぐるは難事ゆえ、五十匹の中わずかに八疋十疋のみ成功す、征行に良馬のほかに凡馬二、三を伴れ騎《の》り、大事あるにあらずんば決して良馬に乗らずと。アラブ人がもっとも馬に親切なるについて珍譚多し。例せば駒生まるる時|傍《かたわら》に立った人手で受け取り、地上に落さざらしむという。これに似た事、欧州で神木とし霊薬とした槲寄生《ほや》を伐り落すに白布で受け決して地に触れしめず、触れたらその効力|亡《な》しといい(グリンム『独逸鬼神誌《ドイチェ・ミトロギエ》』四版二巻)、燕の雛《ひな》がその母鳥
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