ウンの『俗説弁惑《プセウドドキシア・エピデミカ》』三巻二十五章にいわく、プリニウスとガレヌスは痛く馬肉を貶《けな》しまた馬血を大毒と言ったが、韃靼人他に勝れて馬肉を食い、馬血をも飲むでないか、それは北方寒地の人体にのみ無害故しかりと言わんか。ヘロドトスが言った通り、ペルシアは暖国だがその人誕生祝いに馬肉を饗し、また全《まる》で馬、驢、駱駝を烹《に》用いて、ギリシア人が、かほどの美饌を知らぬを愍《あわれ》んだから、どの国で馬肉を食ったって構わぬはずだと。メンツェルの『独逸史《ゲシヒテ・デル・ドイチェン》』巻の一にゲルマンの僧は、馬を牲《いけにえ》にしその肉を食ったから、馬肉|喫《く》わぬ者をキリスト教、これを食うはキ教外の者と識別した、古スウェーデンでもキリスト教を奉ずる王に強いて馬肉を食わせ、その脱教の徴《しるし》としたという。四十七、八年前パリ籠城《ろうじょう》の輩多く馬を屠《ほふ》ったが、白馬の味|太《いた》く劣る故殺さず、それより久しい間パリに白馬が多かった(『随筆問答雑誌《ノーツ・エンド・キーリス》』十一輯七巻百九頁)。マルコ・ポロ曰く、元世祖純白の馬一万匹あり、その牝の乳を帝
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