、この馬が天才なるを見出し数年間その傍に眠ってまで教練しただけが取り処でしょうと言ったそうだ。ミ師は牧人が群羊を一縦列にして追い入るに二十疋過ぐるごとに一吠《ひとほ》えする犬あり、かたがた動物に全く数を知るものなしと信ぜぬが、「考える馬」などは馬が計算を能くする証拠とならず、むしろ一種の眼眩《めくら》ましだと論じた。世間に尤《いと》不思議なようで実はこの通り詰まらぬ事が多い。予十三、四の頃中学校にありて僚友が血を吐くまで勉むるを見て、そんなにして一番になったところで天下が取れるでなし、われはただ落第せず無事に卒業して見すべしと公言したが果してそうだった。而して試験ごとに何の課目も一番早く答紙を出して退場し虫を採って自適するを見て勉強せずに落ちぬは不可解と一同呆れた。これも実は観察力が強かったからで、十歳の時『史記』の講義を聴くに田忌《でんき》千金を賭け逐射した時孫子忌に教えてその下駟《かし》と敵の上駟と与《あわ》さしめ無論一度負ける、次にその上駟とかの中駟と、その中駟とかの下駟と競争させて二度ながら勝って千金を得せしめたそうだ。由って思案の末課目が十あるうち作文と講義は得手物《えてもの
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