の来書だった。しかし内宮神事の唄の意は、阿婆良気は七島よりなるといえど側なる毛無島を合算すると八島となるというらしく毛無と阿婆良気は別だ。孔子もわれ老圃《ろうほ》に如《し》かずといった。とかくこんな事は女に質《ただ》すに限ると惟うて例の古畠のお富を問うとその判断が格別だ。この女史いな仲居の説に、予が阿婆良気はアバラヤ(亭)同様|荒《あれ》寥《すさ》んだ義で毛無と近くほとんど相通じたらしく、かくて不毛をアバラケ、それよりカワラケと転じ呼んだだろうと述べたはこの二島の名を混合した誤解で、毛無すなわち不毛、アバラケはマバラケで疎らに少しくあるの義で全く毛無と一つにならぬ。そのアバラケを今日カワラケと訛《なま》ったので、おまはんも二月号に旧伝に絶えてなきを饅頭と名づく、これかえって太《ひど》く凶ならず、わずかにあるをカワラケと呼び極めて不吉とすと書いたやおまへんかと遣り込められて廓然大悟し、帰って『伊勢参宮名所図会』島嶼《とうしょ》の図を見ると阿婆良気島に果して少々木を画き生やし居る。お富は勢州山田の産故その言|拠《よりどこ》ろありと惟わる。婦女不毛の事など長々書き立つるを変に思う人も多かろう
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