東半球の人がかかる器を用いた例は少ないと見え、十二年前英国のアリソン博士が世界中の※[#「木+倍のつくり」、416−11]《からさお》を研究して『※[#「木+倍のつくり」、416−12]およびその種類』を著わし、なお続編を出すとて予に色々の問条を送った内に、パタゴニア人は※[#「木+倍のつくり」、416−13]を武具とすとあった。よく尋ねるとボーラズを指《さ》したんで、ボ様の物が英国にないので遠く多少の似た点がある故※[#「木+倍のつくり」、416−14]を当てたのだが、実は日本で言おうなら、※[#「木+倍のつくり」、416−14]よりは鎖鎌《くさりがま》とともに使う分銅《ふんどう》が一番ボーラズに似居る。かつて、陸軍中将押上森蔵氏に通信して、鉄砲の始めは必ずしも一地方に限らにゃならぬほど込み入った物でなしと論じたついでに、日本と南米と昔一向交通なかったのに、すこぶる相似た分銅とボーラズが各自創製使用されたがその好《よ》き比例じゃと述べたが、氏はこれを『歴史地理』へ抄載した。後に藤沢氏の『伝説』播磨の巻を見ると、かの地の古記を引いて、享禄三年(欧州人始めて日本へ渡来した年より十三年前)五月十一日、飾磨《しかま》郡増位山随願寺の会式《えしき》で僧俗集まり宴|酣《たけなわ》なる時、薬師寺の児《ちご》小弁は手振《てぶり》に、桜木の小猿という児は詩歌で座興を助けるうち争論起り小猿打たる、平生この美童に愛着した寛憲という僧小猿を伴れて立ち退いたが、小猿ついに水死し、それより山の俗衆と薬師寺と闘争し、双方八十二人死す、英賀《えが》の城より和平を扱い武士を遣わす時持たせた武具の中に鎖鎌十本と載す。因っていよいよ分銅は、ボーラズと各別に出来たと知った。
なお馬が新世界に入ってより生じた異習を一つ挙げんに、オエンの『マスクワキー印甸人《インジアン》の民俗』に馬踊りてふ条あり、いわく商客馬多く牽き来ってインジアンどもそのうちに欲しくて堪《たま》らぬ良馬を見付ければ、各その所望の馬を指し讃えて何と踊ってくれぬかと尋ねる。商客|諾《うべな》えば彼ら大いに火を焚き袒《かたぬ》ぎて繞《めぐ》り坐り煙草を吸う。商客一同|鞭《むち》を執りてその周囲を踊り廻り、その肩と背を劇《はげ》しく笞《むち》うつも彼ら平気で何処《どこ》に風吹くかという体で喫烟し、時に徐《しず》かに談話す。十五分三十分打っても声立つる者なくば、各商約束の馬をそのために笞うたれたインジアンに与う。さて彼ら創《きず》に脂塗り、襦袢《じゅばん》を着その馬を乗り廻してその勇に誇る。この行事中余りに劇しく笞うたれて辛抱ならず、用事に託《かこつ》け退き去るも構わねど、もし眼を※[#「目+旬」、第3水準1−88−80]《うご》かすなど些《すこし》でも痛みに堪え得ぬ徴《しるし》を見せると大いに嘲られ殊に婦女に卑しまると。『日本紀』七に、八坂入彦皇子《やさかのいりびこのみこ》の女《むすめ》弟媛《おとひめ》は無類飛び切りの佳人なり、その再従兄に当らせたもう景行帝その由|聞《きこ》し召して、遠くその家に幸《みゆき》せしに、恥じて竹林《やぶ》に隠れたので、帝|泳《くくり》の宮に居《いま》し鯉多く放ち遊びたもう。その鯉を見たさに媛密かに来たところを留め召したもう。しかるにこの媛常人と異なり、〈妾|性《ひととなり》交接の道を欲せず、今皇命の威に勝《た》えずして、暫く帷幕《おおとの》の中に納む、しかるに意に快からざるところ、云々〉と辞してその姉を薦《すす》め参らせた、それが成務帝の御母だとある。『夫木集抄』三十、読人《よみびと》知らず「いとねたし泳の宮の池にすむ鯉故人に欺かれぬる」とはこれを詠んだのじゃ。それと等しくて、マスクワキーインジアンも馬なかった昔は、かかる痛い目をせずに済んだのである。
漢の鄒陽の上書中に、燕人蘇秦が他邦から入りて燕に相《しょう》たるを悪《にく》み讒せしも燕王聞き入れず、更に秦を重んじ※[#「馬+夬」、第4水準2−92−81]※[#「馬+是」、第4水準2−92−94]《けってい》を食わせたとある。これは既に言った通り、牡馬が牝驢に生ませた間子《あいのこ》で、日本ではちょっと見られぬものだが、支那の古え特遇の大臣に賜わるほど故その肉は勝《すぐ》れて旨《うま》いらしい。ローマでは紀元前一世紀、文学奨励で著名だったマエケナスが驢児を饌用《せんよう》し初めた。当時驢の肉大流行だったが、後には衰え、オナッガや今もアフリカに出づる野驢(家驢の原種)を食用した。プリニウスいわく、驢が他の驢の死ぬところを見るとほどなく自分も死すと。支那では明朝の宮中元日に驢の頭肉を食うを嚼鬼《しゃっき》と呼んだ、俗に驢を鬼と呼んだからだ(インドでも驢を鬼物とし、故人驢車に乗るを夢みるは、その人地獄へ行った徴《しるし》とい
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