われたと判るが学問上の一徳じゃ。末広一雄君の『人生百不思議』に日本人は西洋人と変り神を濫造し黜陟《ちゅっちょく》変更するといった。現に芸者や娘に私生児を生ませ母子ともピンピン跳ねているに父は神と祠《まつ》られいるなど欧米人は桜よりも都踊りよりも奇観とするところだ。それに森林を伐り尽くし名嶽を丸禿《まるはげ》にして積立また贈遣する金額を標準として神社を昇格させたり、生前さしたる偉勲も著われざりし人がなった新米の神を別格に上げたりするは、自分の嗜好《しこう》を満足せんため国法を破って外人に地図や禁制品を贈った者に贈位を請うのと似たり張ったりの弊事だが、いかに金銭本位の世とはいえ神までも金次第で出世するとは取りも直さず神なき世となったのだ。ジョン・ダンロプ中世末のイタリアの稗官《はいかん》どもが争うて残酷極まる殺人を描くに力《つと》め、姦夫の男根を姦婦の頸に繋いだとか、羮《しる》にして飲ませたとか書き立てたるを評して残酷も極まり過ぎるとかえって可笑《おか》しくなるといった。予もまたかかる畸形の岩を万一いわゆる基本財産次第で大社と斎《いつ》く事もあらば尊崇の精神を失い神霊を侮辱する訳になると惟う。
 前に言った末吉氏は純粋の琉球人、篤学の士、予氏より未聞を聞く事多い。不毛の事につき氏に教えられて『松屋筆記』を見るに「ひたたけ並びにかわらけ声、無毛をかわらけという、ひたたけという詞《ことば》『源氏』のほか物に多く見ゆ、いずれも混雑したる体なり云々、されば混渾沌※[#「風にょう+良」、391−3]《こんこんとんりょう》などの字を訓《よ》めり、『体源抄』十巻練習事条に少《ちいさ》御前が歌はカワラケ音にて非愛にヒタタケて誠の悪音なり、しかも毎調に愛敬《あいきょう》ありてめでたく聞えしは本性の心賢き上によく力の入るが致すところなり云々、このかわらけ声というも瓦器のごとくつやも気色もなきにいうなり、男女の陰の毛なきをカワラケという、はた同じ心なり」とあり。氏いわく「さすれば先生(熊楠)が足利時代よりかく唱えしとかといわれしも怪しきにあらず、わが琉球語には乾くをカワラクという、瓦器をカワラケと訓むもカワラク器の意か、人の不毛を乾燥せる土地に譬《たと》え得る故、カワラケは乾く意に出でしとすべし、阿婆良気《あばらけ》や島は七島の毛無島も湿潤の気なきより起れる名ともいうべくや」とカワラケだらけの来書だった。しかし内宮神事の唄の意は、阿婆良気は七島よりなるといえど側なる毛無島を合算すると八島となるというらしく毛無と阿婆良気は別だ。孔子もわれ老圃《ろうほ》に如《し》かずといった。とかくこんな事は女に質《ただ》すに限ると惟うて例の古畠のお富を問うとその判断が格別だ。この女史いな仲居の説に、予が阿婆良気はアバラヤ(亭)同様|荒《あれ》寥《すさ》んだ義で毛無と近くほとんど相通じたらしく、かくて不毛をアバラケ、それよりカワラケと転じ呼んだだろうと述べたはこの二島の名を混合した誤解で、毛無すなわち不毛、アバラケはマバラケで疎らに少しくあるの義で全く毛無と一つにならぬ。そのアバラケを今日カワラケと訛《なま》ったので、おまはんも二月号に旧伝に絶えてなきを饅頭と名づく、これかえって太《ひど》く凶ならず、わずかにあるをカワラケと呼び極めて不吉とすと書いたやおまへんかと遣り込められて廓然大悟し、帰って『伊勢参宮名所図会』島嶼《とうしょ》の図を見ると阿婆良気島に果して少々木を画き生やし居る。お富は勢州山田の産故その言|拠《よりどこ》ろありと惟わる。婦女不毛の事など長々書き立つるを変に思う人も多かろうが、南洋の諸島に婦女秘処の毛を抜き去り三角形を黥《いれずみ》するとあり。諸方の回教徒は皆毛を抜く。その由来すこぶる古く衛生上の効果著しいところもあるらしいから、日本人も海外に発展するに随いこの風を採るべき場合もあろうと攷う。したがってカワラケに関する一切の事を調べ置いて国家に貢献しようと志すのだと心底を打ち明け置く。
 これからいよいよ馬の心理上の諸象をざっと説こう。ロメーンズいわく、馬は虎獅等の大きな啖肉獣ほど睿智《えいち》ならず、食草獣のうち象大きい馬より伶俐《れいり》で象ほどならぬが驢も馬より鋭敏だ、しかしその他の食草獣(牛鹿羊)よりはやや馬が多智だ。馬の情緒が擾馬家《うまならし》次第で急に変化する事驚くべく、馬を擾《なら》す方法諸邦を通じてその揆《き》は一だ、すなわち荒れ廻る奴の前二足あるいは四足ことごとく括《くく》りて横に寝かせ暫く狂い廻らせ、次に別段痛苦を感ぜず、ただただとても人に叶《かな》わぬと悟るよう種々これを責むるに一度かく悟ると馬の心機たちまち全く変り野馬たちまち家馬となる、時に野性に復《かえ》り掛かる例なきにあらざれど容易《たやす》く制止し得る、南米曠野の野馬は数
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