なるから詮方《せんかた》なく、なるほどこれまでの致し方は重々悪かった、過ぎた事は何ともならぬ、これから古法通りにしましょうと詫《わ》び入りて、厩に赤銅板を布《し》き太子に蓋、王の長女に払子、大夫人に食物を奉ぜしめると、大臣も不承不承慎んで馬の糞を金箕で承《う》ける役を勤めたとあらば、定めて垂れ流しでもあるまじく、蜀江《しょっこう》の錦ででも拭《ぬぐ》うたであろう。かく尊ばれて智馬満足し始めて食事した。
 さて王が苑に遊ぼうと思い智馬を召すと、すなわち背を偃《ひく》くす。王これは背に病があるのかと問うに、御者答えて王の乗りやすいように背を偃くし居るという。王それに乗って河辺に至れば馬進まず。水を怖るるのかと問うに、尾が水を払うて王に懸るを恐ると答えた。即《やが》てその尾を結び金嚢《きんのう》に盛り、水を渉《わた》って苑に至り遊ぶ事多日。予《かね》てこの王を侮り外出したら縛りに往くと言い来った四遠の諸国、王が城を出で苑に住《とど》まると聞き大兵を興し捉えに来る。王城へ還らんとする中途に、蓮花咲き満ちた大池ありて廻り遠い。しかるを智馬身軽く蓮花を踏んで真直ぐにそろそろ行きながら早く城に入り得たので敵は逃げ散ってしまった。王大いに喜び諸臣に告《い》えらく、もし能く灌頂刹帝大王の命を救う者あらば何を酬《むく》うべきやと。諸臣さようの者には半国を与うべしと白《もう》す。ところが畜生に、国を遣っても仕方がないから智馬を施主として大いに施行し、七日の間人民どもの欲しい物を好みの任《まま》に与うべしと勅諚《ちょくじょう》で無遮《むしゃ》大会《だいえ》を催した。販馬商主これを見て、何の訳で大会を作《な》すやと問う。諸人答えて曰く、爾々《しかじか》の地である人が一の駒を瓦師に遣った、それが希代の智馬と知れて王一億金もて瓦師より買い取ると、今度果して王の命を活かし、その謝恩のための大会じゃと。商主聞きおわって、どうやら自分が瓦師に遣った駒の事らしく思い、王の厩へ往きて見れば果してしかり。智馬商主に向い、貴公が遥々《はるばる》将《つ》れて来た馬五百疋がいかほどに売れたか、我は一身を一億金に売って瓦師に報じたという。さては大変な馬成金に成り損《そこ》なったと落胆の余り気絶する。その面へ水を灑《そそ》いでやっと蘇《よみがえ》り、何と悔いても跡の祭と諦め、これというもわれ尊公を智馬と知らず悪《にく
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