もっとも牝馬を重んじ、これを買わんとして価を問うも真の事と信ぜず。これは貴君に差し上ぐるというような返事をする。二度目に繰り返し問うも何の答えもせず、よい加減なごまかしで済ます。三度目に問うと心|瞋《いか》って苦笑し、この牝馬を売るよりはわが家族を売ろうという。これは詼謔《おどけ》でなく、ベダイ人の癖として、友と離るるよりは好んで父母を質に渡す。もし不幸の際やむをえず牝馬を売る事ありとも、これを国外へ渡してのち子を生まぬよう施術せずに手離す例ありやすこぶる疑わし。また買い手が代価を議する前、売り手の双親一族親友輩がその馬の売却に異議なきやを確かむるを要す。然《しか》せざれば代金支払い後難題起り、またその馬を盗まる。また買い手はその馬生子に適する旨と、その体のどの部分をも要求すべき権利ある者一人もなき由の保証を取り置くべし。けだしベダイ人大いに金に不自由を感ずる時、その持ち馬の身の諸部を売って容易に金を手に入れる。右前脚は誰、左前脚は誰、後脚は某々、尾は某、耳は某という風に一疋の馬を数人に売り、その人々その持ち分に応じてその馬の労力や売却の利を分ち享《う》けんと構え居る。この風を心得ず牝馬を一人の物と思い、その人に価を払い済ませて後、その馬の耳とか尾とかの持ち主現われ、その持ち部の価を請求されて払わず、すったもんだと争い、地方官へ訴えても土地の風習是非なしとて取り上げず、甚《いと》迷惑する事あり。また住地近辺の聯合《れんごう》諸部の酋長どもと懇意な中でその公許を得たのは格別、さもなくて牝馬の躯の一、二分をだに自分方へ保留せず全部を売却した者は、到る処人に嫌われ暗殺の虞《おそれ》さえある故、重罪犯者同様その土地を逐電するほかに遁《に》げ路ない。牡馬を買うは牝馬ほど難からねど、なお如上の作法を踏まねばならぬ。以上は血統純粋な駿馬を購《か》う場合の事で、劣等の馬を買うは容易な事である。
右のピエロッチの文中、牝馬が殊に能く人の災難を予知し、微細の蹤《あしあと》を認め音響を聞き分くるといえるは、牝犬が牡よりは細心甚だしく、盗人|防禦《ぼうぎょ》にもっとも適すると同義らしいが、牡馬もまたかかる能あるはほぼ前に述べた。俗語に一事が万事と言う。推理の正確ならぬ民は一能ある者は万能ありと思うが常で、右様の能が馬にあるより、馬の関知せぬ事までも馬に問うようになり、馬占《ヒッポマンシー
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