あり。バートン注に、アラビア馬は跳ぶ事を習わずと。どちらが本当か知らぬが、先はピエロッチが見たパレスタインのアラブ馬は、アラビア本土のアラブ馬と性も芸も多少|差《ちが》うと見える――アラブ人が好む騎戦戯にはその馬叫喚飛棒の間に馳《は》せて進退最も見るべく、十分戦争を解するものに似たり。さて真の接戦に参しては、その敏捷迅速なる動作、能く主人をして敵の兵刃を避けしむる手練その主の武芸に優るあり。かつて親《まのあた》りベダイ人を載せた馬が銃火を潜《くぐ》りて走るを見しに、軽く前脚をあげたり、尻を低くしたり、動くごとに頭頸を昂《たか》くして騎手のために弾丸を遮るようだった。またしばしば騎手が足を鐙《あぶみ》の力皮に絡《から》まれながら落馬した時、馬自分動けば主を害すと知りてたちまち立ち止まるを目撃し、また日射病で落馬した騎手の傍に立ちて、その馬が守りいた例を聞いた。また自分ごく闇夜乗馬のおかげで道を求め中《あ》て、厄《やく》を免れた事あり。アラブ馬|猛《たけ》しといえども、軍士と等しく児女や柔弱な市人をも安心して乗らしむ。予の言を法螺《ほら》と判ずる人もあろうが、誰でもベダイ人間にやや久しく棲んだらその虚ならざるを知らん。『聖書』ヨブ記に軍馬を讃《たた》えた文句正しくアラブ馬の現状を言い尽した(その文句は「汝馬に力を与えしや、その頸に勇ましき鬣《たてがみ》を粧いしや、汝これを蝗虫《いなご》のごとく飛ばしむるや、その嘶く声の響きは畏《おそ》るべし、谷を脚爬《あがき》て力に誇り自ら進みて兵士に向かう、懼《おそ》るる事に笑いて驚くところなく、剣に向かうとも退かず、矢筒その上に鳴り鎗に矛《ほこ》相|閃爍《きらめ》く、猛《たけ》りつ狂いつ地を一呑みにし、喇叭《らっぱ》の声鳴り渡るも立ち止まる事なし、喇叭の鳴るごとにハーハーと言い、遠くより戦闘を嗅《か》ぎつけ、将帥の大声および吶喊《とき》の声を聞き知る」と言うので、そのハーハーがいけない直訳だと上に述べ置いた)。
アラブ人殊に牝馬を重んじ、大金を見ても売らぬ事多い。これ牝馬人よりも能く災難を前知し、吹き去り寄せ替わる砂の上に人の認め能わざる微細の標識を見分けて、広大な沙漠に人|栖《す》む天幕を尋ね当て、曠野に混雑する音響を聞き分けて、敵寇の近づくを知り、終日飲食せず息《やす》まず走りて主人を厄より脱し、旅を果さしむるからだ。ベダイ人
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