河の国で向火《むかいび》著けて夷《えびす》を滅ぼしたまいし事を記して、『花鳥余情』に火の付きたるに此方《こなた》よりまた火を付ければ向いの火は必ず消ゆるを向火という。そのごとく此方より腹を立て掛かれば人の腹は立ちやむものなりとあるを引き居る。今も熊野で山火事にわざと火を放って火を防ぐ法がある。予は沙翁がこれら日本の故事を聞き知ってかの語を作ったと思わぬが、同様の考案が万里を距《へだ》てた人の脳裏に各《おのお》の浮かみ出た証拠に聢《しか》と立つであろうと。かく言い送って後考うると、仏説の悍馬は悍馬を鎮めた話もやや似て居るを一緒に言いやらなんだが遺憾だ。
英語で蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]《とんぼ》を竜蠅《りょうばえ》(ドラゴン・フライ)と呼び、地方によりこの虫馬を螫《さ》すと信じてホールス・スチンガール(馬を螫すもの)と唱う。そは虻や蠅を吃《く》いに馬厩《うまや》に近づくを見て謬《あやま》り言うのだろう。さて竜蠅とは何の意味の名かしばしば学者連へ問い合せたが答えられず。『説郛』三一にある『戊辰雑抄』に、昔大竜大湖の※[#「さんずい+眉」、第3水準1−86−89]《ほとり》に蛻《かわぬ》ぎ、その鱗甲より虫出で頃刻《しばらく》して蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]の朱《あか》きに化《な》る、人これを取れば瘧《おこり》を病む、それより朱蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]を竜甲とも竜孫ともいい敢《あ》えて傷《そこな》わずと載せたを見て、支那でもこの物を竜に縁ありとするだけは解り、その形体|威《いか》めしくやや竜に似て居るから竜より生じたという事と想いいた。その後一九一五年版ガスターの『羅馬尼《ルーマニア》鳥獣譚』十四章を覧《み》るとこうあった。いわく、ルーマニア人は蜻※[#「虫+廷」、第4水準2−87−52]を魔の馬という、また多分竜の馬ともいうであろう、一名|聖《セント》ジョージの馬ともいいこの菩薩は毒竜退治で名高い、この名の起りを尋ぬるに、往古上帝常に魔と争うたが、上帝は平和好き故出来るだけ魔を寛宥してその乞うままに物を与えた、しかるに魔|悛《あらた》めず物を乞い続けてやまず、上帝耐え兼ねて天人多く集め各々好馬を与えある朝早くこれに騎《の》りて魔と戦わしめた。聖ジョージは無類の美馬に乗って先陣したが、急にその馬退却し出し、他の諸馬これ
前へ
次へ
全106ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング