と、同じ性の鳥は群団して飛び、この二馬は一和して住《とど》まる、これ両《ふたつ》ながら荒くて癖が悪く、毎《いつ》も絆《つな》を咬み切る、罪を同じゅうし過ちを斉《ひと》しゅうする者は必ず仲がよいと答え、王を諫《いさ》め商主と協議して適当の馬価を償わしめたとある。これも根っから面白からぬ話だが、これに関して、いささか面黒《おもくろ》い事なきにしもあらず。皆人が知る通り、誰かが『徒然草』の好い注解本を塙《はなわ》検校《けんぎょう》方へ持ち行きこの文は何に拠る、この句は何より出《い》づと、事細かに調べある様子を聞かすと、検校『徒然草』の作者自身はそれほど博く識って書いたでなかろうと笑った由。あたかも欧米に沙翁学《シェキスペリアナ》を事とする人多く、わずか三十七篇の沙翁の戯曲の一字一言をも忽《ゆるが》せにせず、飯を忘れ血を吐くまでその結構や由来を研究してやまず。雁《がん》が飛べば蝦蟆《がま》も飛びたがる。何の事とも分らぬなりに予も久しくこれに関して読み書きしおり、高名の人々から著述を送らるる事もあり。つらつら考うるに、かようの研究を幾ら続けたって三百年前に死んだ人が真実何と考え何に基づき何を欲してこの句かの語を筆したかは知るべからず。知り得るにしてからが何の益なし。だが古今東西情は兄弟なれば、かく博く雑多の事を取り入れて書いた物を、かくまで多くの学者が立ち替り入れ替り研究して出す物どもを読むは、取りも直さず古今東西の人情と世態の同異変遷を研究するに当るらしいので、相変らず遣り続け居る内には多少得るところなきにあらず。既に一昨年末アッケルマンてふ学者が『ロメオとジュリエ』の「一の火は他の火を滅す」なる語は、英国に火傷《やけど》した指を火を近づけて火毒を吸い出さしむる民俗あり、蝮に咬まれた処へその蝮の肉を傅《つ》けて治すような同感療法《ホメオパチー》じゃ。また「日は火を消す」てふ諺もある。沙翁はこれらに基づいて件《くだん》の語を捻《ひね》り出したものだろう。このほかにしかるべき本拠らしいものあらば告げられよと同好の士に広く問うたが、対《こた》うる者はなかったから予が答えたは、まず日月出でて※[#「火+(嚼−口)」、326−10]火《しゃっか》息《や》まずと支那でいうのが西洋の「日は火を消す」と全《まる》反対《あべこべ》で面白い。さて『桂林漫録』に日本武尊《やまとたけるのみこと》駿
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