《もう》で身を浄《きよ》めたといい、北欧の神話にも、ロキス蛇が馬に化けた時足から露顕したといい、インド『羅摩衍譚《ラーマーヤナ》』に、雌蛇のみ能く雄蛇の足を弁《わきま》え知るとある。これらは皆夫の陰相を尾と称え、その状を確かに知るは妻ばかりという寓意《ぐうい》だと解った。グ伯は梵学者また神誌学者としてすこぶる大家だが、ややもすれば得意の言語学に僻して、何でも陰具に引き付け説く癖がある。蛇の足を覗《うかが》うと尾だったてふは、単に蛇は主として尾の力で行くと見て言ったと説かば、陰具などを持ち出すにも及ぶまい。回教学有数の大著、タバリの『編年史』にいわく、上帝アダムを造り諸天使をしてこれを敬せしめしに、エブリスわれは火より造られたるにアダムは土で作られたから、劣等の者を敬するに及ばぬといい、帝|瞋《いか》りてエを天より逐い堕す。エ天に登りて仕返しをと思えど、天の門番リズワンの大力あるを懼《おそ》れ、蛇を説いて自分を呑んで天に往き密《そっ》と吐き出さしめ、エヴァを迷わしアダムを堕した。アダム夫妻もと只今の人の指と足の趾《ゆび》の端にある爪の通りの皮を被りいたが、惑わされて禁果を吃《く》うとその
前へ 次へ
全137ページ中91ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング