この蛙アルコール漬《づけ》を見しに、その蹼他の蛙輩のより特《すぐ》れて大なるのみ、決して図で見るほど巨《おお》きになかった。例のブーランゼー氏に質《ただ》すと、書物に出た図はもちろん絵虚事《えそらごと》だと答えられたから、予もなるほどことごとく図を信ずるは、図なきにしかずと了《さと》った。しかるにその後ワラスの書を読むと、かの蛙が生きたままの躯と蹼の大きさを比べ記しある。それに引き合すとかの図は余り吹き過ぎたものでない。因って考うるに、蛙などは生きた時と、死んでアルコール漬になった後とで、身の大きさにすこぶる差違を生ずるから、単にアルコール漬を見たばかりでは、活動中の現状を察し得ぬのじゃ。
 さて可笑《おか》しな噺《はなし》をするようだが、真実芸術に志|篤《あつ》き人の参考までに申すは、昔鳥羽僧正、ある侍法師絵を善くする者の絵、実に過ぎたるを咎《とが》めた時、その法師少しも事とせず、左《さ》も候わず、古き上手どもの書きて候おそくずの絵などを御覧も候え、その物の寸法は分に過ぎて、大に書きて候云々と言ったので、僧正理に伏したという(『古今著聞集』画図第十六)。この法師の意は、ありのままの寸
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