に、すこぶる迂鈍《うどん》なるを見たと語った人あり。写真を頼むと安く受け合《い》れたが、六、七年も音沙汰を聞かぬ。
 野槌は最初神の名で、諾冉二尊が日神より前に生むところ、『古事記』に、野神名|鹿屋野比売《かやぬひめ》、またの名|野椎《ぬつち》の神という。『日本紀』に、草祖草野姫《くさおやかやぬひめ》またの名|野槌《のづち》と見えて草野の神だ。その信念が追々堕落する事、ギリシアローマの詩に彫刻に盛名を馳《は》せた幽玄絶美な諸神が、今日|藪沢《そうたく》に潜める妖魅に化しおわったごとくなったものか。『文選』の和訓には、支那の悪鬼|人間《じんかん》にありて怪害を作《な》すてふ野仲《やちゅう》をノヅチと訳した。それからちょうど古ギリシアローマの名神に、蛇妖となり下ったものあるように、野槌も草野の神から悪鬼、次に上述通りの異態な蛇を指す号《な》と移ったものか。
 今より千十余年前成った『新撰字鏡』に、蝮を乃豆知《のづち》と訓《よ》んだ。ほとんど同時に出来た『延喜式神名帳』、加賀に野蛟神社《のづちのやしろ》二所あり。『古事記伝』に拠れば、ノヅチは野の主の意らしい。予山中岸辺で蝮を打ち殺したつもり
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