、鶏廉狼貪、魚瞰鶏睨、魚不瞑、鶏邪視とある。この文句は何から採っただろうと、『淵鑑類函』四二五、鶏の条を探ると、〈王褒《おうほう》曰く、魚瞰鶏睨、李善|以為《おも》えらく魚目|瞑《つむ》らず、鶏好く邪視す〉とある。鶏はよく恐ろしい眼付きで睨むをいうので、この田辺辺で古く天狗が時に白鶏に化けるなどいい忌む人があったは、多少その邪視を怖れたからだろう。白いのに限らず鶏をすべて嫌うた村もあったときく。『拾遺記』一、※[#「禾+砥のつくり」、312−2]支の国より堯に献じた重明の鳥は、〈双睛目あり、状《かたち》鶏のごとし、能く猛獣虎狼を搏逐す、妖災群悪をして、害為す能わざらしむ、(中略)今人毎歳元日、あるいは木を刻み金を鋳す、あるいは図を画きて鶏|※[#「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1−87−69]上《ゆうじょう》に為す、これその遺像なり〉。その他支那で鶏を以て凶邪を避けた諸例は、載せて Willoughby−Mcade,‘Chinese Ghouls and Goblins’. 1928. pp. 155−157. に出《い》づ。またマレー群島中、アムボイナやマカッサーの人はその辺の海に
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