千脚ある大怪物すみ、その一脚を懸けられてもたちまち船が覆《くつが》える、がこの怪物鶏を怖れるからとて、船には必ず鶏を乗せて出発するという(Stavorinus, “Account of Celebes, Amboyna, etc.”, in Pinkerton,‘Voyages and Travels’, vol. xi. p. 262, London, 1812)。これら種々理由あるべきも、その一つは鶏の邪視もて他の怪凶をば制したのであろう。王褒は有名な孝子かつ学者で、『晋書』八八にその伝あり。李善は唐の顕慶中、『文選』を註した(『四庫全書総目』一八六)。熊楠十歳の頃、『文選』を暗誦して神童と称せられたが、近頃年来多くの女の恨みで耄碌《もうろく》し、件《くだん》の魚瞰鶏睨てふ王褒の句が、『文選』のどの篇にあるかを臆《おも》い出し得ない。が何に致せ李善がこれに註して、魚瞰とは死んでも眼を閉じぬ事、鶏睨とはよく邪視する事を解いたのだ。前項に、邪視なる語は、唐の貞元中に訳された『普賢行願品』に出でおり、今(昭和四年)より千百三十年ほどの昔既に支那にあったと述べたれど、それよりも約百四十年ほ
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