聞きて、舎利弗食べた物を吐き出し、一生馳走に招かれず布施を受けずと決心し常に乞食した。諸居士|何卒《なにとぞ》舎利弗が馳走を受けくれるよう仏から勧めて欲しいと言うと、仏|言《のたま》わく舎利弗の性もし受くれば必ず受けもし棄つれば必ず棄つ、過去世もまたしかりとて毒蛇だった時火で自殺した一件を説き種々の因縁を以て舎利弗を呵《しか》り、以後馳走に招かれたら上座の僧まず食いに掛からず、一同へあまねく行き届いたか見届けた後食うべしと定めたそうじゃ。而《しか》して件《くだん》の毒蛇を呪する法を舎伽羅呪《しゃがらじゅ》だと書き居る。そんなもの今もあるにや、一九一四年ボンベイ版エントホヴェンの『グジャラット民俗記《フォークロール・ノーツ》』一四二頁に或る術士は符※[#「竹かんむり/(金+碌のつくり)」、第3水準1−89−79]《ふろく》を以て人咬みし蛇を招致し、命じて創口《きずぐち》から毒を吸い出さしめて癒す。蛇咬を療ずる呪を心得た術士は蛇と同色の物を食わず産蓐《さんじょく》と経行中の女人に触れると呪が利かなくなる。しかる時は身を浄《きよ》め洗浴し、乳香の烟を吸いつつ呪を誦《ず》して呪の力を復すと見ゆ。

     蛇と方術

 インドは毒蛇繁盛の国だけに、その呪法が極めて多い。『弥沙塞五分律』に、一比丘浴室の火を燃さんとて薪を破る時、木の孔より蛇出で、脚を螫《さ》して比丘を殺した。仏|言《のたま》わくかの比丘八種の蛇名を知らず、慈心もて蛇に向わず、また呪を説かずして蛇に殺されたとて、八種の蛇名を挙げたるを見るに、竜王の名多し。仏経の竜は某々の蛇にほかならぬからだ。その呪言は、〈我諸竜王を慈《いつく》しむ、天上および世間、わが慈心を以て、諸|恚毒《いどく》を滅し得、我|智慧《ちえ》を以て取り、これを用いこの毒を殺す、味毒無味毒、滅され地に入りて去る〉、仏曰く、この呪もて自ら護る者は、毒蛇に傷殺されずと。味毒無味毒とは、蛇の牙から出る毒液に、味あると味なきとあるを、古くインド人が試み知ったと見ゆ。
 一九〇六年版、ドラコット女史の『シムラ村話《ヴィレージ・テールス》』二一八頁にいわく、インドの小邦ラゴグールの王は、帽蛇《コブラ》を始め諸蛇の咬んだのを治す力を代々受け伝う。毒蛇に咬まれた人、糸一条を七所結び頸に掛け、ジェット・シン、ジェット・シンと唱え続けながら、王宮に趨《おもむ》く途中、結び目を六つまで解く、宮に入って王の前で、七つ目の結びを解く、時に王水をその創《きず》に灌《そそ》ぎ、また両手に懸け、一梵士来りて祈りくれると、平治して村へ還ると。トダ人蛇咬を療するに、女の髪を捻《ねじ》り合せて、創の近処三所括り呪言を称う(リヴァルス著『トダ人篇』)。いかなる理由ありてか、紀州でウグちゅう魚に刺されたら、一日ばかり劇しく痛み、死ぬ方が優《まし》じゃなど叫ぶ時、女の陰毛三本で創口を衝《つ》かば治るという。『郷土研究』二巻三六八頁にも、門司でオコゼに刺された処へ、女陰の毛三筋当て置けば、神効ありと出《い》づ。ある人いわく、ウグもオコゼも人を刺し、女は※[#ゴマ、1−3−30]※[#ゴマ、1−3−30]※[#ゴマ、1−3−30]※[#ゴマ、1−3−30]。その事大いに異なれど国言相通ず。陰陽和合して世間治安する訳だから、魚に一たび刺された代りに※[#ゴマ、1−3−30]※[#ゴマ、1−3−30]※[#ゴマ、1−3−30]※[#ゴマ、1−3−30]仇を、徳で征服する意で、女人の名代にその毛を用いるのだと。これは大分受け取りがたい。しかし女の髪といい、三という数がインドのトダ人の呪術にもあるが面白い。
『古事記』にも、須佐之男命《すさのおのみこと》の女|須勢理毘売《すせりびめ》が、大国主命《おおくにぬしのみこと》に蛇の領巾《ひれ》を授けて、蛇室中の蛇を制せしめたとあれば、上古本邦で女がかかる術を心得いたらしい。インドの術士は能く呪して、手で触れずに蛇を引き出し払い去る(一九一五年版エントホヴェンの『コンカン民俗記』七七頁)。アツボットの『マセドニアン民俗《フォークロール》』に、かの地で蛇来るを留むる呪あり。「諸害物の駆除者モセスは、柱と棒の上に投鎗を加えて、十字架に像《かた》どり、その上に地を這う蛇を結い付けて、邪悪に全勝せり、モセスかくて威光を揚げたれば、吾輩は吾輩の神たるキリストに向いて唄うべし」という事だ。欧州で中古|禁厭《まじない》を行う者を火刑にしたが、アダム、エヴァの時代より、詛《のろ》われた蛇のみ厭《まじな》う者を咎《とが》めなんだ。蛇を見付けた処から、少しも身動きせざらしむる呪言は「汝を造れる上帝を援《ひ》いてわれ汝に、汝の機嫌が向おうが向くまいが、今汝が居る処に永く留まれと命じ、兼ねて上帝が汝を詛いしところのものを以て汝を詛う」というの
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