懸けて、また同じ矢所をぞ射たりける、この矢に毒を塗りたる故にや依りけん、また同じ矢坪を、三度まで射たる故にや依りけん、この矢眉間の只中《ただなか》を徹《とお》りて、喉の下まで、羽《は》ぶくら責めてぞ立ちたりける、二、三千見えつる焼松も、光たちまち消えて、島のごとくにありつる物、倒るゝ音大地を響かせり、立ち寄りてこれを見るに、果して百足の※[#「虫+玄」、124−12]《むかで》なり、竜神はこれを悦びて、秀郷を様々に饗《もてな》しけるに、太刀|一振《ひとふり》、巻絹《まきぎぬ》一つ、鎧一領、頸|結《ゆ》うたる俵一つ、赤銅《しやくどう》の撞鐘《つきがね》一口を与へて、御辺の門葉《もんよう》に、必ず将軍になる人多かるべしとぞ示しける。
 秀郷都に帰つて、後この絹を切つて使ふに更に尽くる事なし、俵は中なる納物《いれもの》を、取れども/\尽きざりける間、財宝倉に満ちて、衣裳身に余れり、故にその名を、俵藤太とはいひけるなり、これは産業の財《たから》なればとて、これを倉廩《そうりん》に収む、鐘は梵砌《ぼんぜい》の物なればとて、三井寺へこれを奉る、文保《ぶんぽう》二年、三井寺炎上の時、この鐘を山門へ取
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