三筋を手挟《たばさ》みて、今や/\とぞ待ちたりける、夜半過ぐるほどに、雨風一通り過ぎて、電火の激する事|隙《ひま》なし、暫《しばら》くあつて比良《ひら》の高峯《たかね》の方より、焼松《たいまつ》二、三千がほど二行に燃えて、中に島のごとくなる物、この竜宮城を指《さ》してぞ近づきける、事の体《てい》を能々《よくよく》見るに、二行に点《とぼ》せる焼松は、皆|己《おのれ》が左右の手に点したりと見えたり、あはれこれは、百足蛇《むかで》の化けたるよと心得て、矢比《やごろ》近くなりければ、件《くだん》の五人張に十五束|三伏《みつぶせ》、忘るゝばかり引きしぼりて、眉間《みけん》の真中をぞ射たりける、その手答へ鉄を射るやうに聞えて、筈を返してぞ立たざりける、秀郷一の矢を射損じて安からず思ひければ、二の矢を番《つご》うて、一分も違《ちが》へず、わざと前の矢所《やつぼ》をぞ射たりける、この矢もまた、前のごとくに躍り返りて、これも身に立たざりけり、秀郷二つの矢をば、皆射損じつ、憑《たの》むところは矢一筋なり、如何《いかん》せんと思ひけるが、屹《きつ》と案じ出だしたる事あつて、この度射んとしける矢先に、唾を吐き
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