、我敵を討つてたび候へと懇《ねんごろ》に語《かたら》ひけれ、秀郷一義もいはず、子細あるまじと領状して、すなはちこの男を前《さき》に立て、また勢多の方へぞ帰りける、二人共に湖水の波を分けて水中に入る事五十余町あつて、一の楼門あり、開いて内へ入るに、瑠璃《るり》の沙《いさご》厚く、玉の甃《いしだたみ》暖かにして、落花自ずから繽紛《ひんぷん》たり、朱楼紫殿玉の欄干|金《こがね》を鐺《こじり》にし銀《しろがね》を柱とせり、その壮観奇麗いまだかつて目にも見ず、耳にも聞かざりしところなり。
 この怪しげなりつる男、まづ内へ入つて、須臾《しゆゆ》の間に衣冠を正しくして、秀郷を客位に請《しよう》ず、左右|侍衛官《しえのかん》前後花の粧《よそお》ひ、善尽し美尽せり、酒宴数刻に及んで、夜既に深《ふけ》ければ、敵の寄すべきほどになりぬと周章《あわて》騒ぐ、秀郷は、一生涯が間身を放たで持ちたりける、五人|張《ばり》にせき弦《づる》懸けて噛《く》ひ湿《しめ》し、三年竹の節近《ふしぢか》なるを、十五束|二伏《ふたつぶせ》に拵《こしら》へて、鏃《やじり》の中子《なかご》を筈本《はずもと》まで打ち通しにしたる矢、たゞ
前へ 次へ
全155ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南方 熊楠 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング