ジュ・ヴェナン》』一三八頁に古人一種の蜈蚣を蛇殺し(オフィオクテネ)といい能く蛇を咋《く》い殺したとあって、貝原先生同様人の唾が蜈蚣の大敵たる由を言うたは、秀郷唾を鏃《やじり》に塗りて大蜈蚣を殺したというに合う、それから海蜈蚣すなわちゴカイが人を咬《か》めば毒あるのみならず触れても蕁麻《いらくさ》に触れたように痛むというた、十二年前東牟婁郡勝浦港に在った時、毎度その近傍の綱切島辺の海底に黄黒斑で二、三間も長い海蜈蚣が住むと聞いて例の法螺談《ほらばなし》と気に留めなんだが、右のごとく教示やら調査やらで気が付き当田辺湾諸村人に質《ただ》すと諸所で夏日海底から引き揚げて石灰に焼く菊銘石《きくめいいし》の穴に一尺から一間ほど長い海蜈蚣が棲むと聞いて前祝いに五、六升飲んで出懸けると炎日のため件《くだん》の虫がたちまち溶け腐りて漆のごとくなりおった、よほど大きな物で容れる器がないとの事だ、以上述べたところで秀郷蜈蚣退治の先駆たる加賀の海島で蜈蚣海を游いで大蛇と戦った譚も多少根拠あるものと別《わか》り、また貝原氏が蜈蚣鯨大毒ある由記したのも全嘘《まるうそ》でないと知れる、氏の『大和本草』に長崎の向井
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