にその書翰《しょかん》を十襲して「書くにだに手や触れけんと思うにぞ」と少々神経病気味になって居る。さてこれらの教示を得てますます力を得また捜索するとプリニウスの海蜈蚣の事は、リッチー博士より前にクヴィエーが既《はや》そのゴカイ類たる由を述べ居る、もっとも、博士とは別な点から起論されたが帰する所は一で、ここに引いても動物専門の人でなくては解らぬ、このクヴィエーは最高名な動物学者で一世ナポレオンに重用されて仏国学政の枢機を運用し、ブルボン家恢復後も内務大臣になると間もなく死んだ、定めて眼が舞うほど忙しかった身を以て海蜈蚣の何物たるまで調べいたは、どこかの大臣輩がわずかな酒に酔っ払ったり芸妓に子を生ませたりして能事とすると大違いだ、それからゴカイ類には、サモア島で年に二朝しか獲れずしたがって王に限って食うたパロロ・ヴェリジス、わが国備前の海蛭、支那の土笋や禾虫(畔田翠嶽《くろだすいがく》の『水族志』に出《い》づ)など食品たるものもあるが、その形背皆|蚯蚓《みみず》に足を添えたようで魚釣りの餌にするのみ食い試みぬ人が多い、一五六八年版ジャク・グレヴァン・ド・クレルモンの『毒物二書《ド・リヴル・
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