開くべからずと教えて黒雲に乗って去った。男百日|俟《ま》たず、九十九日めに開き見るに、紫雲立ち上って雲中より鐘が現われたとあるは、どうも浦島と深草少将を取り交《ま》ぜたような拙《つたな》い作だ。また平木の沢には鐘二つ沈みいたが、一つだけ上がった方は水鏡のように澄み、一つ今も沈みいる方は白く濁る、上がった方の鐘は女人を嫌いまた竜頭を現わさず、常に白綿を包み置く、三百年前一向宗の僧兵が陣鐘にして、敗北の節谷に落し破ったが、毎晩白衣の女現われ、その破目《われめ》を舐めたとあるから、定めて舐めて愈《なお》したのだろ、これらでこの竜王寺の譚《はなし》は、全く後世三井寺の鐘の盛名を羨んで捏造された物と判りもすれば、手箱から鐘が出て水に沈むとか、女を忌む鐘の瑕を女が舐めて愈したなど、すこぶる辻褄合わぬ拙作と知れる。
『太平記』に、竜神が秀郷に、太刀、巻絹、鎧、俵、鐘、五品を与えたとあれど(『塵添※[#「土へん+蓋」、第3水準1−15−65]嚢抄《じんてんあいのうしょう》』十九には如意《にょい》、俵、絹、鎧、剣、鐘等とあり、鎧は阪東《ばんどう》の小山《おやま》、剣は伊勢の赤堀に伝うと)、巌谷君が、『東
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