等に見ゆ、三重県の磯部大明神にかかる鮫崇拝の遺風ある話は予の「本邦における動物崇拝」に載せた、要するに和邇が鮫にして※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]でなきは疑いを容れず、ただし熱地には※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]が海辺に出る事も鮫が川に上る事もありて動物学の心得もなき民種はこれを混用するも無理ならず、したがってオラン・ラウト人ごとく二者を兄弟としたり、ペルシアの『シャー・ナメー賦』に※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]大海に棲むとしたは有内《ありうち》の事だ。

     本話の出処系統

 上の三章で長たらしく竜の事を論じたは、それが分らぬ内は秀郷竜宮入りの話中の毎事毎項が分らぬからだ、竜の事はなかなか複雑でとても十分にこの誌上で悉《つく》し得ぬが、まず上の三章で勘弁を願うとしてこれからこの話の出処系統論に取り掛ろう。まず『左伝』に鄭大水出で竜時門の外に闘う。『正法念処経』七十に竜と阿修羅と赤海下に住み飲食《おんじき》の故に常に共に闘う、〈また大海あり、名づけて竜満という、諸竜あり、旃遮羅と名づく、この海中に住み、自ら相闘諍す〉。古英国メルリン物語に地下の赤竜白竜相闘って城を崩し、ガイ・オヴ・ワーウィック譚にガイ竜獅と戦うを見、獅に加勢し竜を殪《たお》し獅感じてガイに随うこと忠犬のごとしとある。仏経には竜は瞋恚《しんい》熾盛《しじょう》の者といえるごとくいずれの国でも竜猛烈にして常に同士討ちまた他の剛勢なものと闘うとしたので、既に喧嘩《けんか》通しなれば人に加勢を乞うた例も多い、『類函』三六六に宣城の令張路斯その夫人との間に九人の子あり、張釣りに行って帰るごとに体湿りて寒《ひ》え居る、夫人怪しみ問うと答えて言う、我は竜だ、鄭祥遠も実は竜で我と釣り処を争うて明日戦うはず故九子をして我を助けしめよ、絳※[#「糸+稍のつくり」、第3水準1−90−6]を領《えり》にしたは我、青※[#「糸+稍のつくり」、第3水準1−90−6]は鄭だといった、明日いよいよ戦いとなって九子青※[#「糸+稍のつくり」、第3水準1−90−6]を目的に鄭を射殺し皆竜と化《な》ったとある。同書四三八に『太平広記』を引いていわく、黄※[#「土へん+敦」、第3水準1−15−63]湖に蜃(上に出た通り竜の属)あって常に呂湖の蜃と闘う、近邨《きんそん》で善く射る勇士程霊銑方へ蜃が道人に化けて来ていう、われ呂湖の蜃に厄《くる》しめらる、君我を助けなば厚く報ずべし、白練《しろねり》を束ねたる者は我なりと、明日霊銑|邨《むら》の少年と湖辺に鼓噪《こそう》すると須臾《しばらく》して波湧き激声雷のごとく、二牛|相《あい》馳《は》せるを見るにその一|甚《いと》困《くる》しんで腹肋皆白し、霊銑後の蜃に射《い》中《あ》てると水血に変じ、傷ついた蜃は呂湖に帰る途上で死んだとまであって跡がないが約束通りぐっすり礼物を占《せし》めただろう、『続捜神記』から『法苑珠林』に引いた話にいわく、呉の末臨海の人山に入って猟し夜になって野宿すると身長《みのたけ》一丈で黄衣白帯した人来て我明日|讐《かたき》と戦うから助けくれたら礼をしようというたので、何の礼物に及びましょう必ず助けましょうというと、明食時君渓辺に出よ、白帯したのは我黄帯は敵だといって去った、明日出て見ると果して岸の北に声あり草木風雨に靡《なび》くがごとく南も同様だ、唯《と》見《み》ると二大蛇長十余丈で渓中に遇うて相《あい》繞《まと》うに白い方が弱い、狩人射て黄な奴を殺した、暮方に昨《きのう》の人来って大いにありがたい、御礼に今年中ここで猟しなさい、明年となったら慎んで来ないようといって去った、狩人そこに停《とど》まり一年猟続け所猟《えもの》甚だ多く家巨富となった、それでよせば好いに数年の後前言を忘れまた往き猟すると白帯の人また来て君はわが言を用いずここへ死にに来た、前年殺した讐の子すでに長じたから必ず親の仇と君を殺すだろうが我知るところでないと言ったので、狩人大いに恐れて走らんとするところへ黒装束した三人皆長八尺の奴が来て口を張って人を殺したとあるから毒気に中《あ》てたんだろ。芳賀博士はこの話を『今昔物語』十巻三十八語の原《もと》と見定められた、その話は昔|震旦《しんたん》の猟師海辺に山指し出た所に隠れて鹿を待つと、海に二つの竜現われ青赤|※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]《く》い合い戦うて一時ばかりして青竜負けて逃ぐ、その夜そこに宿り明日見れば昨と同時にまた戦うて青竜敗走した、面白くてその夜もそこに宿って三日目にまた戦うて青竜例の通りというところを、猟師|箭《や》を矯《た》めて赤竜に射中《いあ》てると海中に入って、青竜も海に入ったが玉
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