を※[#「口+敢」、第3水準1−15−19]《くわ》え出で猟師に近づき吐き置いて海に入った、その玉を取りて家に返りしより諸財心に任せ出で来て富に飽き満ちたというのだ、如意宝珠《にょいほうじゅ》とて持つ人の思いのままに富を得繁盛する珠を竜が持つとはインドに古く行われた迷信で、『新編鎌倉志』に如意珠二種あり、一は竜の頸の上にあり、一は能作生珠と号して真言の法を行うて成る、鶴岡八幡宮の神宝なるは能作生珠だ、その製法呪法は真言の秘法というとある。『華厳経《けごんぎょう》』に一切宝中如意宝珠最も勝るとあり。『円覚鈔』にいう、〈如意と謂うは意中|須《ま》つところ、財宝衣服飲食種々の物、この珠ことごとく能く出生し、人をして皆如意を得せしむ〉。『大智度論』には〈如意珠仏舎利より出《い》づ、もし法没尽する時、諸舎利、皆変じて如意珠と為《な》る〉。『類函』三六四、〈『潜確類書』に曰く竜珠|頷《あご》にあり蛇珠口にあり〉。『摩訶僧祇律』七に雪山水中の竜が仙人の行儀よく座禅するを愛し七|巾《まき》巻きて自分の額で仙人の項《うなじ》を覆い、食事のほか日常かくするので仙人休み得ず身体|萎《くたびれ》羸《や》せて瘡疥を生ず、ところへ近所の者来り若い女に百巻捲かれても苦しゅうないが竜に七巾ではお困りでしょう、よい事がある、竜は天性|慳吝《けんりん》で、咽上に宝珠あるからそれを索《もと》めなさいと教え、竜また来ると仙人彼に汝われをさほど愛するなら如意宝珠をくれというた、竜われこの宝あればごく上饌《じょうせん》と衆宝を出し得るなれ、これは与うべからずとて淵に潜んで再び来なんだと載す。『正法念処経』二九などを見ると宝珠を求めて竜蛇を殺す事多かったらしく、今のインド人も蛇の頭にモホールてふ石あり夜を照らし蛇毒を吸い出す、人見れば蛇自ら呑んでしまいまた自分が好く人に与うるがこれを得る事すこぶる難しと信じ(エントホヴェン編『グジャラット民俗記』一四三頁)、アルメニア人の説にアララット山の蛇に王種あり、その中一牝蛇を選立して女王とす、外国より蛇群来り攻むれど諸蛇脊にかの女王を負う間は敵常に負け却《しりぞ》く、女王に睨《にら》まるれば敵蛇皆力なし、この女王蛇口にフルてふ光明石を含み夜中これを空に吐き飛ばすと日のごとく輝くという(ハクストハウゼン著『トランスカウカシア』英訳三五五頁)。一八三九年死んだ北インド王ランジットシンは呪言を書いた宝石を右臂の皮下に納めおったので、百事思うままに遂げたというは人造如意珠すなわち能作生珠だろう(フォンフュゲル『|迦※[#「さんずい+(一/(幺+幺)/土)」、205−2]弥羅および西克王国遊記《カシュミル・ウント・ダス・ライヒ・デル・シエク》』巻三、頁三八二)、『大智度論』に竜象獅鷲の頭に赤玉あり、欧州で蛇王バリシスク宝冠を戴き(ブラウン『俗説弁惑《プセウドドキシア・エピデミカ》』三巻七章ウィルキン注)、蟾蜍《ひきがえる》の頭に魔法と医療上神効ありてふ蟾蜍石《ブフォニット》ありなど(一七七六年版ペンナント『英国動物学《ブリチシュ・ゾオロジー》』三巻五頁)多く言ったは、交通不便の世に宝玉真珠等の出処を知らぬ民が、貴人の頭上に宝冠を戴くごとく希有《けう》の動物の頭にかかる貴重物を授くと信じたからで、後世その出処がほぼ分ってもなお極めて高価な物は竜蛇の頭より出ると信じたのであろう。
右様に竜が戦いに負けて人に救いを求めた話が少なからぬに、馬琴はその『質屋庫』三にそれらを看過して一言せず、湖の竜が秀郷の助力を乞うた譚をただただ唐の将武が象に頼まれて巴蛇《うわばみ》を殺し象牙を多く礼に貰うて大いに富んだてふ話を作り替えたものと断じたは手脱《てぬか》りだ(馬琴が言うた通り巴蛇象を食い三年して骨を出すと『山海経《せんがいきょう》』にあれば古く支那で言うた事で、ローマのプリニウスの『博物志《ヒストリア・ナチュラリス》』八巻十一章にも、インドの大竜大象と闘うてこれを捲き殺し地に僵《たお》るる重量で竜も潰《つぶ》れ死すと見ゆ)、『質屋庫』より数年前に成った伴蒿蹊《ばんこうけい》の『閑田次筆《かんでんじひつ》』二やそれより七十年前出来た寒川辰清《さむかわたつきよ》の『近江輿地誌略』十一に引いた通り、『古事談』に次の話あれば勇士が竜を助けて鐘を得た話は鎌倉幕府の代既にあったのだ。その文を蒿蹊が和らげたままに概略を写すとこうだ。三井寺の鐘は竜宮より来た、時代分らず昔粟津の冠者てふ勇士一堂を建つるため鉄を求めて出雲に下る、海を渡る間大風|俄《にわか》に船を覆《くつがえ》さんとし乗船の輩泣き叫ぶ、爾時《そのとき》小童小船一艘を漕ぎ来り冠者に乗れという、その心を得ねどいうままに乗り移ると風浪|忽《たちま》ちやむ、本船はここに待つべしと示し小船海底に入りて竜宮に到る、竜宮
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