空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]を蓄《か》って宝を守らせた池もある故、自然とこれらの動物をあるいは神物あるいは吝人が死後竜蛇になって隠財を守ると信じたのだ、さてかの国々の蛇は大抵水辺を好み沙漠に棲むものまでも時に湖に游ぐ事あり(バルフォル『印度事彙』三巻五七四頁)、予が毒竜の現物と上に述べた鱗蛇は在インドの英人これを水蜥蜴と通称するほど水辺を好み、蛟竜の本品たる※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]が水に住むは知れ切ったところだ、かつ伏蔵もとより地下に限らず沼沢中に存するも多き故竜を以て地下また水中の伏蔵主とししたがって財宝充満金玉荘厳せる竜宮が地下と水中にありとしたのだ、ヒンズ教に地下に七住処ありて夜叉《やしゃ》、羅刹《らせつ》等住み最下第七処パタラに多頭《ヴァスキ》竜王諸竜を総《す》べて住むというは地底竜宮で『施設論』六に〈山下竜宮あれば、樹草多きに及ぶ、山下竜宮なかれば、樹草少なきに及ぶ〉とあり、水中の竜宮は有名な無熱池を始め河湖泉井までもすこぶる例多く秀郷が往ったのも琵琶湖底にあったのだ。『出曜経』八に無厭足とて名から大強慾な竜王が己を祀《まつ》りて富を求むる婆羅門を使い富家の財をことごとく地下に没入せしに、富家の主人竜泉に至りわが財宝は正道もて獲たればみだりに竜に取らるべきにあらずとて、金を泉に投ずるに水皆湧き熱し竜王懼れ金を出して皆|還《かえ》したとあり。『続古事談』四に「祇園社の宝殿の中には竜穴ありといふ、延久の焼亡の時梨本の座主《ざす》その深さを量らむとせしに五十丈に及んでなほ底なしとぞ」、これらで見ると地底に水あまねくことごとく海に通ずれば井泉河湖に住む小中竜王の大親分たる大竜王は大海に住み、大海底の竜宮の宏麗《こうれい》泉河湖沼のものに比して格別なる事既に経文より引いたごとく、これ陸地諸水がついに海に入るごとく陸地諸宝も必ず海に帰すとした上、船で運ぶ無量の珍宝財宝が難破のため多く海に沈むからの見解で、近い話は前日八阪丸とともに没した莫大の金額も古人なら竜宮を賑《にぎ》わし居ると信じたはずだ、わが邦の弟橘媛《おとたちばなひめ》古英国のギリアズンなど最愛の夫を救わんと海に入ったすら多く、仏書に風波を静めんとて命よりも尊んだ仏舎利や経文を沈めた譚も少なからず、アフリカのギニアの浜へ船久しく著《つ》かぬ時その民一切の所有品を海に抛げ込んでその神に祈り、ために神官にくれる物一つもなくなる故神官余りかかる大祈祷を好まなんだ由(ピンカートン『航海旅行記全集《ゼネラルコレクション・オヴ・ヴォエイジス・エンド・トラヴェルス》』十六巻五〇〇頁)。されば竜宮に永年積んだ財宝は無量で壇の浦に沈んだ多くの佳嬪らが竜王に寵せられて竜種改良と来るから、嬋娟《せんけん》たる竜女が人を魅殺した話多きも尤もだ、竜宮に財多しというが転じて海に竜王住む故大海に無量の宝ありと『施設論』など仏書に多く見ゆ。
また鮫《ふか》類にもその形竜蛇に似たるが多く、これも海中に竜ありてふ信念を増し進めた事疑いなし、梵名マカラ、内典に摩竭魚と訳す、その餌を捉《と》るに黠智《かつち》神のごとき故アフリカや太平洋諸島で殊に崇拝し、熊野の古老は夷神はその実鮫を祀りて鰹《かつお》等を浜へ追い来るを祈るに基づくと言い、オランラウト人は鮫と※[#「魚+王の中の空白部に口が四つ」、第3水準1−94−55]を兄弟とす、予の鮫崇拝論は近い内『人類学雑誌』へ出すが、少分《すこし》は六年前七月の同誌に載せた「本邦における動物崇拝」なる拙文に書き置いたからそれに譲るとして、竜と鮫の関係につきここに述ぶるは、上に言うた通りわが邦でタツというはもと竜巻を指した名らしく外国思想入りて後こそ『書紀』二十六、斉明《さいめい》天皇元年〈五月《さつき》の庚午《かのえうま》の朔《ついたちのひ》、空中《おおぞらのなか》にして竜に乗れる者あり、貌《かたち》唐人《もろこしびと》に似たり、青き油《あぶらぎぬ》の笠を着て云々〉など出でたれ、神代には支那の竜と同じものはなかったらしい、『書紀』二に豊玉姫《とよたまひめ》産む時夫|彦火々出見尊《ひこほほでみのみこと》約に負《そむ》き覘《うかが》いたもうと豊玉姫産にあたり竜に化《な》りあったと記されたが、異伝を挙げて〈時に豊玉姫|八尋《やひろ》の大熊鰐《わに》に化為《な》りて、匍匐《は》い逶※[#「虫+也」、第3水準1−91−51]《もごよ》う。遂に辱められたるを以て恨《うらめ》しとなす〉とあり、『古事記』には〈その産に方《あた》っては八尋の和邇《わに》と化りて匍匐い逶蛇《もこよ》う〉とあり、その前文に〈すべて佗国《あだしくに》の人は産に臨める時、本国《もとつくに》の形を以て産生《う》む、故に妾今もとの身を以て産を為《な》す、願わ
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