戴《いただ》き真向《まっこう》に保持して進撃すべしと西洋でいう。この話に種々の異態がある、しかし普通英国等で持て囃《はや》すのはこうである。いわく兎が亀に会うて自分の足|疾《はや》きに誇り亀の歩遅きを嘲ると亀|対《こた》えてしからば汝と競争するとして里程は五里|賭《かけ》は五ポンドと定めよう、さてそこに聞いている狐を審判役としようと言うと兎が承知した。因って双方走り出したが兎はもとより捷疾だから亀が見えぬほど遠く駈け抜けた、ところで少し疲れたらしい、因って路傍の羊歯《しだ》叢中に坐ってうとうとと眠る、己れの耳が長いから亀がゴトゴト通る音を聞くが最期たちまち跳ね起きてまた走り抜きやるつもりだった、しかるに余り侮り過ぎて眠り過ぎた間に亀は遅いものの一心不乱に歩み走ってとうとう目的点へ着いたので兎の眼が覚《さ》めた時はすでに敗けいた。
 欧州外にもこれに似た話があるが件《くだん》の話と異なり、辛抱の力で遅い奴が疾い奴に勝ったのでなくて専ら智力の働きで勝ったとしている。サー・アレキサンダー・ブルドンがフィジー島人から聴き取った話に曰く、鶴と蟹とがどちらが捷《はや》いと相論じた、蟹が言うには何と
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