して出立した、道で巨人に逢うて大力に誇ると巨人何だそんな矮身がと嘲り石一つ採って手で搾ると水が出るまで縮める、縫工臆せず懐中より乳腐《にゅうふ》を取り出し石と称し搾って見せると汗が出た、巨人また石を拾うて天に向って抛《ほう》ると雲を凌いでまた還らぬ、縫工兼ねて餌食にと籃《かご》に入れ置いた生鳥を出し石と称して抛り上げると飛び上がって降りて来ぬ、巨人さても矮身に似ぬ大力かなと驚き入り今一度力を試そうと大木を引き抜き二人で運んで見んと言うと、縫工すべて木の本《もと》の方より末の方が枝が多く張って重いものだ、汝は前になって軽い根本の方を担《かつ》げ、われは後にあって重い末の方を持って遣ろうと紿《あざむ》いて、巨人に根を肩にさせ自分は枝の岐《また》に坐っているのを巨人一向気付かず一人して大木を担げ行《ある》いたので憊《つか》れてしまった、それから巨人の家に往って宿ると縫工夜間寝床に臥せず室隅に臥す、巨人知らず闇中《あんちゅう》鉄棒もて縫工を打ち殺さんとして空しく寝床を砕く、さて早《はや》殺しやったと安心して翌朝見れば縫工|恙《つつが》なく生き居るので巨人怖れて逃げ去った、国王これを聞いて召し出し毎々《つねづね》この国を荒らし廻る二鬼を平らげしめるに縫工|恐々《こわごわ》往って見ると二鬼樹下に眠り居る、縫工その樹に昇り上から石を落すと鬼ども起きて互いに相棒の奴の悪戯《いたずら》と早合点し相罵り同士討ちして死におわる、縫工還って臣一人で二鬼を誅したと奏し国王これを重賞した、次に一角獣現じ国を荒らすこと夥《おびただ》しく国王また縫工してこれを平らげしむ、縫工|怖々《こわごわ》に立ち合うと一角|驀然《まっしぐら》に駈け来って角を樹に突っ込んで脱けず、縫工幸いに樹の後に逃れいたが、一角さえ自在ならぬと至って弱い獣故たちまち出でその角を折り一角獣を王の前へ牽《ひ》き出した、次に類似の僥倖《ぎょうこう》で野猪を平らげ恩賞に王女を妻に賜うたとある、前に述べた亀が諸獣を紿《あざむ》いた話に似たのはわが邦にも『古事記』に因幡《いなば》の素兎《しろうさぎ》が鰐《わに》を欺き海を渡った話がある、この話の類譚や起原は正月十五日か二月一日の『日本及日本人』で説くつもりである。
(大正四年一月一日および四日、『牟婁新報』)
底本:「十二支考(上)」岩波文庫、岩波書店
1994(平成6)年1月
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