`う、十三世紀のマルコ・ポロ紀行にいわく尊者の墓へキリスト回々《フイフイ》二教の徒夥しく詣り尊者殺された処の土色赤きを採り帰って諸種の病人に水服せしも効験|灼然《いちじるし》と、十六世紀にジョアン・デ・バルロス記すらく、尊者最期に踏んでいた石に鮮血迸り懸りたるが今にあり、少時前に落ちたとしか見えぬほど生々しいと、一八九〇年版クックの『淡水藻序説《イントロダクション・ツー・フレッシュ・ウォーター・アルゲ》』第十二章に一〇六六年英国最後のサクソン王ハロルド、ノルマン人とヘスチングスに戦い殪《たお》れた、そこに雨後必ず赤くなる地あり、これ死人の怨恨により土が血の汗を出すのだというが、実は学名ポーフィリジゥム・クルエンツムてふ微細の藻が湿地に生じ、晴れた日は乾いて黒いが雨ふれば凝《かたま》った血のように見えるのだと述べ居る、この藻は和歌山市の墓地などに多く、壁などに大小種の斑点を成して生えるとちょうど人が斬られて血が迸ったごとく見える、予年来奇異の血跡など称うる処を多く尋ね調べたがあるいは土あるいは岩石の色が赤いのもありまた種々の生物で血のように見えるのもある、詳しく論じても一汎《いっぱん》読
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