塔Wャブ・ノーツ・エンド・キーリス』第十六記)。仏教の第二祖|阿難《あなん》の本名|舎頭諫《ザルズーラ・カルナ》、これは虎の耳の義だ。虎を名とした本邦人で一番名高いのは、男で加藤虎之助女で大磯の虎女だろ。依って本篇の終りに余り人の気付かぬ事を二つ述べる、まず大磯のお虎さんは『曾我物語』四に、母は大磯の長者父は一年《ひととせ》東に流されて伏見大納言《ふしみだいなごん》実基《さねもと》卿、男女の習い旅宿の徒然《つれづれ》一夜の忘れ形見なりと見えるが、『類聚名物考《るいじゅめいぶつこう》』四十に『異本曾我物語』に「この虎と申す遊君は母は元来平塚の者なり、その父を尋ぬれば去《さんぬ》る平治の乱に誅《ちゅう》せられし悪右衛門督信頼卿の舎兄|民部少輔《みんぶのしょう》基成とて奥州平泉へ流され給ふ人の乳母子《めのとご》に宮内判官《くないほうがん》家長《いえなが》といひし人の娘なり、その故はこの人平治の逆乱によりて都の内に住み兼ねて東国へ落ち下り相模国《さがみのくに》の住人|海老名《えびな》の源八|権守《ごんのかみ》季貞と都にて芳心したりし事ありける間この宿所を頼みてゐたりける。年来《としごろ》になり
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