んで盟を成したばかりでは一向詰まらぬ、きっと何物かくれたのじゃろう。一六八三年ヴェネチア版、ヴィンツェンツォ・マリア師の『東方遊記《イル・ヴィアッジオ・オリエンター》』に西インドコチン王は躬《みずか》ら重臣輩の見る所で白質黒条の虎を獲るにあらざれば即位するを得ず、この辺の虎に三品あり武功の次第に因ってそれぞれの虎の皮を楯に用い得る、また虎を殺した者は直ちにその鬚と舌を抜き王に献ず、王受け取ってこれを焼きその勇者に武士号を与え金また銀に金を被《かぶ》せたる環中空《かんなかくう》にして小礫《こいし》また種子を入れたるを賜う。勇士これを腕に貫けば身動くごとに鳴る事鈴のごとし。かくて虎の尸《しかばね》もしくはその一部を提《たずさ》え諸方を巡遊すれば衆集まり来りてこれを見贈遺多く数日にして富足るとある。これに似た一事を挙げんにアフリカの仏領コンゴー国では蟹(ンカラ)を海の印号とし虎に縁近き豹(ンゴ)を陸の印号としまた王家の印号とす。因って豹を尊ぶ事無類で王族ならではその皮を衣《き》るを得ず、これを猟《と》り殺すに種々の作法あり、例せばデンネットの『フィオート民俗篇』(一八九七年版)十八章に「豹を殺した者あると聞いて吾輩|忙《いそ》いで町へ還《かえ》った、何故というと豹が殺された時は各町民が思うままに他町民と勝手次第に相掠奪す、殺した人が豹皮を王に献ずる日はその人思い付きのまま町のどの部分でも通り、その間家内にさえなくば何でもかでも押領し得るんだ、さてかの者自身縛られて王前に詣《いた》り叮嚀に豹首を布に包み携う、王問う「吾子よ何故汝はこの人(豹)を殺したか」、豹殺し対《こた》う「彼は甚だ危険な人で王の民の羊や鶏を夥しく殺しました」、王いわく「吾子よ汝は善くした、それじゃ彼の髯《ほおひげ》を数え見よ、汝も知る通りすべて三九二十七毛あるはずだ、一つでも足らなんだら汝は孤《わし》に布二匹を賠《はら》わにゃならぬ」、かの者答う「父よ勘定が合うて二十七毛確かにござります」、王「そんなら注意《きをつけて》髯を皆抜け、次に歯と爪と皮もことごとく取って孤の用に立てよ」、豹殺し命のまにまに抜き取り剥ぎ取りおわる、ここにおいて王言う「吾子よ汝は大勇の猟師だから爾後狩に出る時食事を調《ととの》うる者を欲しいだろ、因ってこの若い嬢子《むすめ》を汝の婢なり妾なりにして取って置け」と聞いて豹殺し腰抜かすばかり悦《よろこ》びながら「父様見やんせ、余りに衣類が弊《やぶ》れているので、とてもこんな結構な品を戴かれません」、王「吾子よ最もな事を吐《ぬか》す、さらばこの衣類を遣わすからそこで着よ」、豹殺し「父様有難くて冥加《みょうが》に余って誠にどうもどうも、しかしこんな尤物《べっぴん》に木を斫《き》ってやる人がござらぬ」、王「委細は先刻から承知の介だ、この少童を伴れ去って木を斫らすがよい、またこの人を遣《や》るから鉄砲を持たせ」、豹殺し「父よ今こそ掌を掌《う》って御礼を白《もう》します」、そこで王この盛事のために大饗宴を張る」とある。小説ながら『水滸伝』の武行者や黒旋風が虎を殺して村民に大持てなところは宋元時代の風俗を実写したに相違ない。
盗人にも三分の理ありとか、虎はかく人畜を残害するもののそれは「柿食いに来るは烏の道理|哉《かな》」で、食肉獣の悲しさ他の動物を生食せずば自分の命が立ち往かぬからやむを得ぬ事だ、既に故ハクスレーも人が獣を何の必要なしに残殺するは不道徳を免れぬが虎や熊が牛馬を害したって不道徳でなくて無道徳だと言われたと憶《おぼ》える。閑話休題《それはさておき》、虎はまず猛獣中のもっとも大きな物で毛皮美麗貌形雄偉行動また何となく痒序《おちつい》たところから東洋諸邦殊に支那で獣中の王として尊ばれた。『説文』に虎を獣君という、山獣の君たればなり、また山君というと、わが邦で狼を大神と呼び今も熊野でこれを獣の王としまた山の神と称うるごとし。『揚子』に聖人虎別、君子豹別、弁人狸別、狸変ずればすなわち豹、豹変ずればすなわち虎、これは聖人君子弁人を順次虎豹狸に比べたのだ。『管子』に〈虎豹は獣の猛者なり、深林広沢の中に居る、すなわち人その威を畏れてこれを載す、虎豹その幽を去って而して人に近づくすなわち人これを得てその威を易《あなど》る、故に曰く虎豹幽に託《よ》って威載すべきなり〉。熊楠|謂《おも》うに昔|朱※[#「※」は「月+彡」、19−8]《しゅゆう》隠居して仕えず、閻負涼《えんぶりょう》に使し※[#「※」は「月+彡」、19−9]を以て王猛に比し並称す。秦主|苻堅《ふけん》猛を侍中とせし時猛※[#「※」は「月+彡」、19−9]に譲れり、のち猛死し堅南晋に寇《こう》せんとす、苻融石越等皆|諫《いさ》めしも※[#「※」は「月+彡」、19−10]独りこれを賛し、にわかに※水[#
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