゚ゆめ》、人をして知らしむることなかれ、ここを以て治めば、病《やまい》愈えずということなし、という。果して言うところのごとくに、治めて差《い》えずということなし。得志、恒《つね》にその針を以て柱の中《うち》に隠し置けり。後に、虎、その柱を折《わ》りて、針を取りて走|去《に》げぬ。高麗国《こまのくに》、得志が帰らんと欲《おもtう意《こころ》を知りて、毒《あしきもの》を与えて殺す」ともうす〉、これは虎をトテムとし祀る巫《かんなぎ》が虎装して針医を兼ねたのだろ、支那でも東晋の李嵩涼州に牧だった時、微行すると道側の虎たちまち人に化けて西涼君と呼んだ、弧《きゆみ》で射ようとすると汝疑うなかれといいながら前《すす》み来て、この地に福がない、君の子孫は西涼の王となるはず故|酒泉《しゅせん》に遷都せよと勧めて去った、すなわち酒泉に奠都《てんと》し西涼国を立てたという、これも相人《そうにん》が虎装しおったのだろ。『本草綱目』等に言える※虎[#「※」は「むじなへん+區」、70−14]《ちゅこ》、英語でウィヤーマン、※[#「※」は「むじなへん+區」、70−14]人また※氓[#「※」は「むじなへん+區」、70−15]《ちゅぼう》、英語でウィヤータイガー、前者は虎人に化け後者は人虎に化けるのだ、支那、インド、マレー半島その他虎の産地には大抵この俗信が存する、わが邦にも道照《どうしょう》入唐して役行者《えんのぎょうじゃ》が化けた虎を見たと伝う、とにかくトテミズムと※人[#「※」は「むじなへん+區」、71−1]※虎[#「※」は「むじなへん+區」、71−1]の迷信が虎崇拝のただ二つの原因たらぬまでもそれに大扶助を与えたのだ、支那では人ばかりか枢星《すうせい》の精も虎と為《な》るという。
 支那の神仙が虎を使い物とした例は『列仙伝』などに多いが、ギリシアの酒の神ジオニソスは梟《ふくろう》を忌み、江豚《いるか》・蛇・驢《うさぎうま》・虎・山猫《リンクス》・豹を愛す(スミス『希臘羅馬人伝神誌字彙《ジクショナリー・オヴ・グリーク・エンド・ロマン・バヨグラフィー・エンド・ミソロジー》』巻一)。古伝にこの神インドを征服したというから虎を愛するはずだ、インドへ出立前に秘儀を女神キベレーより授かる、キベレーは獅を使い物とす、生まれて棄てられ豹に哺《はぐく》まれて育ったという。虎が神仏冥理のため悪人を罰した例も多い
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