スに》中に入りて蟹《かに》を取りて人間の火について炙《あぶ》り食う、山人これを越祀の祖というと載す。『和漢三才図会』にこれをわが邦の天狗の類としまたわが邦いわゆる山男と見立てた説もあるが、本体が鳥で色々に変化し殊に虎を使うて人を害するなど天狗や山男と手際《てぎわ》が違う。とにかく南越地方固有の迷信物だ。鳥と虎と関係ありとする迷信はこのほかにも例がある。ヴォワン・スチーヴンス説にマレー半島のペラック、セマン人懐妊すると父が予《あらかじ》め生まるべき児の名を産屋《うぶや》近く生え居る樹の名から採って定めおく。児が産まれるや否や産婆高声でその名を呼びその児を他の女に授け児に名を附けた樹の下に後産を埋める。さて父がその樹の根本から初めて胸の高さの処まで刻み目を付ける、これと同時に賦魂の神カリ自身|倚《よ》りて坐せる木に刻み目を付けて新たに一人地上に生出せるを標《しる》すとぞ。その後その木を伐らずその児長じても自分と同名の木を一切伐らず損《そこな》わぬ。またその実をも食わぬ。もしその児が女で後年子を孕《はら》むと自分と同名の樹で自宅辺に生え居るやつに詣《まい》り香|好《よ》き花や葉を供え飾ると、今度生まるべき児の魂が鳥に托《よ》って来り母に殺され食わるるまで待ち居る。この児の魂が托り居る鳥は不断その母と同名の樹に限り住み母の体が行くに随いこの木かの木と同種の樹を撰び飛び行く、またその母が初めて生む児の魂を宿す鳥は必ず母が祖母に孕まれいた時母の魂を宿した鳥の子孫だ。カリ神がこの鳥に児の魂を賦与する。万一母が懐妊中その生むべき子の魂が托り居る鳥を捕《と》り食わなんだら、流産か産後少時しか生きおらぬ。またもし子の魂が托った鳥を殺す時ススハリマウ(虎乳菌《とらのちちたけ》)の在る上へ落したら、その子生まれて不具となる。ススハリマウは地下に在る硬菌塊でワず茯苓雷丸《ぶくりょうらいがん》様の物らしい、その内にまだ生まれぬ虎の魂が住み、牝虎子を生んだ跡でこの菌を食うと子に魂が入《はい》る、ただし虎は必ず牝牡一双を生むもの故、この菌一つにきっと二子の魂一対を宿すそうだ。さて妊婦がその胎児の魂が宿り居る鳥を殺してかの菌の上へ落ちると、虎二疋の魂が菌を脱け出で鳥に入り、その鳥を妊婦が食うと胎児の体に入って虎と人の魂の争闘が始まり、児を不具にしもしくは流産せしむ。ただしこの争闘で児の体は不具もしく
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