A虎を厭《まじない》して害なからしめ、ゴイ族は虎殺すと直ぐその鬚を取り虎に撃たれぬ符とす(一八九五年六月『フォークロール』二〇九頁)。トダ人水牛を失う時は、術士|私《ひそ》かに石三つ拾い夜分牛舎の前に往き、祖神に虎の歯牙を縛りまた熊|豪猪《やまあらし》等をも制せん事を祈り、かの三石を布片に裹《つつ》み舎の屋裏に匿《かく》すと、水牛必ず翌日自ら還る。たとい林中に留まるも石屋裏にある間は虎これを害せず、水牛帰って後石を取り捨つ(リヴァースの『トダ人族篇』二六七頁)。ブランダ人虎を制する呪《まじない》を二つスキートおよびプラグデンの『巫来半島異教民種篇《ペーガン・レーセス・オヴ・ゼ・マレー・ペニンシュラ》』に載せた、その一つは「身を重くする呪を誦《とな》えたから虎|這《は》う森の樹株に固着《ひっつい》て人の頭を嫌いになれ、後脚に土重く附き前足に石重く附いて歩けぬようになれ、かく身を重くする呪を誦えたから我は七重の城に護《まも》らるる同然だ」という意である。
同書に拠るとマレー半島には飼犬また蛙が虎の元祖だったという未開民がある。ブランダ人言う、最初虎に条紋なかったが川岸に生えるケヌダイ樹の汁肉多き果《み》が落ちて虎に中《あた》り潰《つぶ》れ虎を汚して条紋を成したと。『本草』に海中の虎鯊《こさ》能く虎に変ずとある。一八四六年カンニングハム大尉の『印度ラダック通過記』に今日アルモラー城ある地で往古クリアン・チャンド王が狩すると兎一疋林中に逃げ入って虎と化けた。これは無双の吉瑞で他邦人がこの国を兎ほど弱しと侮って伐《う》つと実は虎ほど強いと判る兆《きざし》とあってこの地に都を定めたという。ランドの『安南民俗迷信記』にコンチャニエンとて人に似て美しく年|歴《と》ると虎に化ける猴《さる》ありと。
『本草綱目』に越地《えつち》深山に治鳥《じちょう》あり、大きさ鳩のごとく青色で樹を穿《うが》って※[#「※」は「あなかんむり+果」、81−5]《す》を作る、大きさ五、六升の器のごとく口径数寸|餝《かざ》るに土堊《どあ》を以てす、赤白|相間《あいまじ》わり状|射候《まと》のごとし。木を伐る者この樹を見ればすなわちこれを避く、これを犯せば能く虎を役して人を害し人の廬舎《ろしゃ》を焼く、白日これを見れば鳥の形なり、夜その鳴くを聞くに鳥の声なり、あるいは人の形と作《な》る、長《たけ》三尺|澗《
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