びくのを聞いた時に、清造は、はっとわれに返りました。気がついてみると、それは凧屋《たこや》の店の裏《うら》でした。台所《だいどころ》のわきのせまい部屋《へや》にあおむけにねかされて、枕《まくら》もとに、さっき店でみたおやじさんがすわっていて、そのうしろにはあかんぼうをおぶったおかみさんが、立っていました。
「どうした、気がついたか。」
 ひげの少しのびたおやじさんが笑いながら聞きました。清造にはなんのことだかわからないので、やっとからだを起《おこ》しながら、あたりをきょろきょろ見まわしました。
「はは、驚《おどろ》いているな。おまえはな、さっき店の前に立って、凧《たこ》の絵を見ているうちに、ううんといってぶっ倒《たお》れてしまったんだ。それでおれが驚いて、あわててここへかつぎこんで、介抱《かいほう》してやったんだ。どうした、どこかからだでも悪いのか。」
 おやじさんは、顔のこわい割合《わりあい》にやさしい声を出して聞きました。
「ううむ。」
 清造はやっと顔を横にふりました。
「ははあ、それじゃあ腹がへったんだな、え、おい、そうだろう。」
 おやじさんはまた聞きなおしました。清造はしばらくだまって下をむいていましたが、
「え、おい、そうだろう。」
とまたいわれたとき、
「うん。」と思わずうなずきました。
「かわいそうじゃないか、こんなちび[#「ちび」に傍点]が腹がへって倒《たお》れるなんて。」と、おやじさんは、おかみさんの方をむきながら、
「なにか食《く》わしてやりな。なあに、悪いことをするやつなら、ひもじくなって倒れなんかしやぁしねえ。早くなにか食わせてやれ。」
といいました。
 まもなく、あたたかいおつけ[#「おつけ」に傍点]とご飯《はん》をおかみさんがもって来てくれました。清造は、なん日目かというより、もういく月目かで、そんなにあたたかい湯気《ゆげ》の立つ、おつけ[#「おつけ」に傍点]のおわんを手にしたのでした。ご飯がすむと清造は店に来て、糸目をつけているおやじさんの前にすわっていました。
 おやじさんは、下をむいて手を動かしながら、清造にいろいろなことを聞きました。
「ふふん、それでおまえは東京に出て来て、どこにも頼《たよ》る人はないのか。」
と、最後《さいご》に聞かれたとき、
「だれもねえだ。」
と、清造は答えました。そのとき、かれの頭には、けさがた通った
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