くなったのです。そうしてかれは、道を歩いて疲《つか》れてくると、横になって目をつぶりました。さびしい沼が、ふと浮かんで、ふたつのあわが浮かんで消えるのがはっきり見えました。それを見ると、かれはふしぎに元気《げんき》を回復《かいふく》するのでした。

     二

 お昼《ひる》ちかくまで、清造は、長い町を歩きました。町はずれのむこうの方に、汽車《きしゃ》の通る土手の見えるへんまでくると、その町は少しさびれてきました。清造はぺこぺこにへったお腹《なか》をかかえて、もう目がまわりそうにだるいのをこらえながら歩いてくると、ふと道の片側《かたがわ》に、いろいろな絵《え》のかかっている店がありました。それは正月を目の前にひかえて、せわしくなった凧屋《たこや》でした。凧屋の主人は、店の中にひとりすわってはり[#「はり」に傍点]上げた凧に糸目《いとめ》をつけたり、骨組《ほねぐみ》をなおしたりして働いていました。
 清造はもう疲《つか》れきってしまったので、凧屋の前に立って、凧の絵を見るようにして休んでいました。ろう[#「ろう」に傍点]をぬったひげだるま[#「ひげだるま」に傍点]の目は、むこうの隅《すみ》でぴかぴか光っているし、すさのおのみこと[#「すさのおのみこと」に傍点]は刀を抜《ぬ》いて八頭の大蛇《だいじゃ》を切っていました。自来也《じらいや》や同心格子《どうしんこうし》や波《なみ》に月は、いせいよく、店の上にぶらさがってふわふわ動いていました。清造はそんな凧《たこ》を見たのは、はじめてでした。
 凧屋《たこや》のおやじさんは、ただせわしそうに下をむいて熱心に糸目をつけているので、清造もおびえずに、店さきに近よって、じっと店の中のいろいろな絵をながめまわしました。くるくると目のまわるようにできている、さんばそうの凧《たこ》がありました。店の中に風が吹きこんで来るとたんに、さんばそうの目がくるりとひとつまわりました。清造は、「あっ」といって驚いて目をつぶると、いきなりまた、例《れい》の沼が目の前に浮かんで来たのです。そうして、大きな大きなあわがひとつぽっかりと浮かび上がったのを見たと思うと、清造にはなんにもわからなくなってしまいました。
「小僧《こぞう》、どうしたんだ。しっかりしろよ。」
 遠いところで呼《よ》んでいるのが、だんだん近くなって来て、太《ふと》い声が耳のそばでひ
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