えなくなるといふのである。此噂は衣裳道樂の皇帝の好奇心をば尠からず刺激した。コウいふ衣物を衣て居るといふと、自分の領内で器量不相應な位置や職掌に居る役人などは直ぐ分る、伴食大臣や老朽職に堪へずといふ樣な者は譯もなく見現はすことが出來ると思つた。で、早速其職人に織物を織る樣にと命じたのである。狡猾な職人は一室に閉籠つて切りに空機を織る眞似をやつて居る。暫く立つと皇帝は其仕事の捗り工合を見たくなつて來た。それで自分の最信任する老宰相を呼んで其摸樣を見て來る樣に命じた。此宰相は自分の最信用して居る人物であるから、これならば其織物の見えぬ氣遣は無いと帝は思つたのであります。老宰相も亦、自分は伴食大臣では無いといふ自信があるので、屹度其模樣を見屆けて來るといふ考で出掛けて行つた。さて機織の部屋に這入つて見ると、梭は切りに動いて居るが、糸も見えなければ織物も見えない。併し職人は皇帝よりの御使と聞いて、切りに此處彼處を指さして其色澤の美、意匠の巧を誇る。老宰相は何にも眼に這入らないが、併しそれが見えないと言ては自分の信用に關する。仕方がないから見えた振りをする。如何にも感に堪へたといふ風をする。そし
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