く理解すべきである。少なくとも理解したような顔をする術を修行すべきである。そのつもりでせいぜい勉強したまえ。そうすると、同郷(!)だからといって××××に拾ってくれる先輩が時に現われないこともあるまい。まあせいぜい辛抱してその時を待ちたまえ。

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第二条 およそ役人たらんとする者は法規を楯にとりて形式的理屈をいう技術を習得することを要す。
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 法規を盾にとって理屈を言う技術と法律学とは別物である。法律学のような高尚な学問を研究せずとも、法規に精通して形式的の理屈をいい有無をいわせず相手の議論を撃破したり要求をしりぞける技術を修得する必要がある。世の中では、とかく法科万能のなんのといって、いかにも法律的知識ないし技術を蔑視するようなことをいうけれども、いやしくも役人として出世しようとするかぎり、法規を盾にとる術に熟達することを要する。諸君は試みにお役所をたずねてみるがいい。法科出身ならざる役人といえども、いやしくも有能なる役人であるかぎり、すべてきわめてたくみに法規をあやつる術を心得ているのを発見するであろう。われわれ法律家の目からみると、これら技術出の役人の法律論は最も法律学から遠いものであるのだが、役人仲間ではああした法律論が最も役に立つので、いやしくも役人として出世せんとする以上、すべてその術を習得せねばならない。いかに相手のいうことが条理にかなっていると思っても、容易にその前に頭を下げるようではいけない。条理などは無視して法規一点張りで相手をねじふせなくてはいけない。どうもあの男は理屈ばかりこねてものがわからない、といわれるようにならなければとうてい役人として出世しない。
 だから、今日われわれが教えているように、まず社会があり社会生活があっての法律である、というような考え方は役人にとって禁物である。よき役人はよろしく概念法学流に法規を材料としてなるべく簡単に取り扱えるような概念的範疇を用意すべきである。ひとの迷惑などを考えてはいけない。ちょうど軍隊で靴や着物に大中小三種類を作っておいてむりにもそのいずれかを着させるように、そうしてそのいずれをも着れないような大男や小男を兵隊にとらないように、なるべく簡単な概念的形式を作っておいて、相手のいうことをむりにもそのいずれかの中に押し込むか、またそのいずれにも入りえないようなものは全然排斥するようにしなければいけない。お役所ではよく、このごろの法学士はどうも法律ができなくて困る、といわれるそうだが、そのことこそまさにお役所法学の特異性を暴露するものにほかならないのであって、役人を志す人々はよくこの点に気をつける必要がある。
 元来、官庁内の法規は官吏の行動に対して規準を与え、彼らの行動をして公平ならしめることを目的とするものである。すなわち法治主義の根本要求に適応するため官吏の専恣的行動を抑制するために制定されたものが法規である。したがって法規の存するところ官吏は必ず法規を遵守せねばならない。すなわち法規の存するところ彼らの行動は必ず法規に従って行われねばならないけれども、法規の不存在は決して彼らの行動を不可能ならしめるものではない。しかるに現在の役人は、しばしば法規の不存在を理由として行動それ自体を拒絶する。私はそれを根本的に間違っていると考える。裁判の例をとってみても、裁判規範たるべき法規の不存在は決して裁判拒絶の理由となるものではない。もしも裁判官が裁判規範なき事件について裁判を求められたならば、事件の実質を十分に審査した上、彼もし立法者なりせば立法すべき規範をみずから創定し、これを規準として裁判を与うべきであって、法規不存在のゆえをもって裁判を拒絶すべきではない。このことは、これに関する理論的説明ないしこれに関する裁判官の主観的意識それ自体にいろいろの差異あるにもかかわらず、現に一般裁判官によって遵守されている行動規準である。しかるに現在一般の役人は彼らが法規的に行動することを命ぜられていることから、ただちに法規の不存在は行動の不可能を意味するという結論を導き出しているように考えられる。彼らといえども行動の必要を感じ、しかもその規準たるべき法規を発見しえない場合には、事物の性質に応じてみずから適当なる法規を創定しつつ、これに従って行動しさえすればいいのである。しかるに、法規の不存在によってとかく行動の拒絶を理由づけようとするのが、現在の役人一般に通ずる弊風であって、私はそれを法治主義の誤解に由来するものとして排斥したいのである。
 理屈をいってみればまあこんなことだが、現在のお役所には決して通用しない理屈である。だから役人として今の世に出世しようとする人々は夢にもこんな理屈にかぶれてはいけない。なるべく
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