の中から幾千万かの人間から成り立つ社会に立派にあてはまるような法律が容易に出てくるわけがないのです。ですから、これらの先生が法律を作られるならば、実際の事情や外国の法制などをできるだけよく調査し、人間の小知恵の足らざるところをできるだけ補ってこれを大智たらしめるだけの努力をせねばならず、またそれをするだけの謙遜な気持ちがなければならないのです。そうして事の許すかぎりは法案をまず公表してひろく江湖の批評を乞うだけの雅量がなければならないのです。ところが、例えば最近の議会に借家法案が提出されたときなども、法は最後まで秘密でわれわれ人民にはみせてくれない。私などもようやく新聞紙の六号活字でわずかにこれを知りえたにすぎませんでした。それでいよいよ議会に出た法案なるものをみたときに私は全く驚きました。遠慮なくいわせていただくと、全く穴だらけだからなのです。いったい、この借家法なるものは、今までのごとくただ個人主義的に考えて作られるべき法律ではない。問題がもっと複雑しているのです。人間はふえる、物は足りない。その調節をいかにしてゆくべきかを考える問題の一場合に相当するのです。ですから、この種の立法
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