ならば、それは「人間」ではありません。「法」を動かして「裁判」を製造することあたかも肉挽き器械のごときものたるに過ぎません。われわれはかかる器械をして「人間」を裁くべき尊き地位にあらしめることを快しとしません。
しからば、心中「男の涙」を流しつつ断然人を斬る人々はいかん? 私はその人の志を壮なりとする。しかしながら同時にこれを愚なりと呼ばなければなりません。なぜならば、もしも「法」が全く伸縮しない固定的なものであり、またこれを運用する人間がこれを全然固定的なものとして取り扱ったとすれば、世の中の「矛盾」した「わがままかって」な人間は必ずや「いったい法は何のために存するのか?」といって「法」を疑うでしょう。そうしてその中の正直にして勇気ある者は「法」を破壊しようと計るでしょう。また彼らの中の利口にして「生」を愛する者どもはひそかに「法」をくぐろうと考えるでしょう。「法」をくぐってでも「生」きなければなりませんから。
彼らの中の正直にして勇気ある者はよく「嘘」をつくに堪えません。「嘘」をつくぐらいならば「命」を賭しても「法」を破壊しようと考えます。彼らは「嘘」をつかずに生きんがために、
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