制度ですから、たとえ権利侵害があっても、実際上なんらの損害もなければ、損害賠償の義務は発生しないわけです。そこで、例えばわが国においては、甲が乙の所有地内に無断で侵入した場合に、乙から損害賠償請求の訴えが起こされても、その無断侵入の結果、事実乙がなんらの損害もこうむっていなければ、不法行為の成立要件を欠くものとして乙は敗訴せざるをえない。むろんただ合理的に考えれば、乙にはなんらの損害もないのだから、これが賠償を求むべきなんらの権利なきは当然である。けれども甲が乙の権利を侵害したという事実だけは確実です。その点において甲は悪いに違いないのです。ですから権利侵害はあったがなんらの損害もないからという理由で敗訴し、その結果、名目上とにかく敗けたということになり、また同時に、敗訴者として訴訟費用を負担せしめられることは、乙にとってきわめて不愉快なことに違いありません。乙は「賠償はとれずともいい。しかし敗けたくはない」と、こう考えるに違いないのです。この際もしも名目上だけでも乙を勝訴者たらしめることができたら、彼はどれだけ喜ぶでしょう。
英米法の「名義上の損害賠償」は実にこの場合における乙を救
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