その以前には明らかな規定がなかったにかかわらず、学者の多数はいわゆる「便宜主義」(〔Opportunita:tsprinzip〕)と称して、犯罪を起訴するや否やは検事の自由裁量に一任されているものだと主張し、司法官もまたその考えを実行していたのです。「便宜主義」と名を付ければいかにもいかめしくなるが、実をいうと御目付役の見て「見ぬふりをする」のと同じことです。ところがこんどの新刑事訴訟法第二七九条ではついにこれを法文の上に現わして「犯人ノ性格、年齡及境遇並犯罪ノ情状及犯罪後ノ情況ニ因リ訴追ヲ必要トセザルトキハ公訴ヲ提起セザルコトヲ得」と規定するに至った。いわば「嘘」を公認した代りに「嘘つき」の規準を作り、その結果「嘘からまこと」ができたわけなのです。諸君は試みに司法統計のうち「嬰児殺」の部をあけてごらんなさい。今の検事がこの点についていかに多く「見て見ぬふり」をしているかを発見されるでしょう。

       四

 英米の法律には「名義上の損害賠償」(nominal damages)という制度があります。いったい損害賠償は、読んで字のごとく、実際生じた損害を賠償させることを目的とする
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