根ざしたある制度  大革命時代の断頭台による処刑を意味する。
天帝を決して煩わさなかった  願い事をしたりして天帝を煩わさなかったこと。換言すれば、神を信仰しなかったこと。この前後は、彼等はモンセーニュールに対して体のみならず心までも平伏し尽していたので、神に対して平伏する余地が残らなかった。それが彼等の不信仰であった一つの理由であったかもしれぬ、という意味。
ガスパール  第一巻第五章に、サン・タントワヌで街上にこぼれた葡萄酒で「血」という字を書いた、「ガスパール」と呼ばれた「脊の高い」剽軽者がいたことを、読者は記憶されるであろう。これはあの男であろう。
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 〔第八章 田舎における貴族〕
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侯爵閣下の面上の赤味は彼の立派な躾の…………  赤面したりするのは貴族たる者の立派な躾に反するからであろう。
蛇髪復讐女神  ギリシア神話の復讐を司る三女神。長い蛇の頭髪をしていたので、馭者の振う長い鞭をその女神の蛇の髪に喩えたのである。
歯止沓  車が坂を下る時車輪が滑らぬように輪底に取附ける鉄片または木片。
幽霊のように脊が高く  この「脊が高い」という一語によって、侯爵の旅行馬車の下にくっついて他の地方からやって来た男が前章のパリーで子供を侯爵の馬車で轢き殺されたガスパールであることが、ここでは微かに暗示されているに止まる。
六人ばかりの特別に親しい友達  この「特別に親しい友達」という言葉は特殊の意味を持っていて、後になるほど数が増して来る。
永い間……一つの大きな悲惨の、この悲惨な表象  「大きな悲惨」とはその地方全体の貧窮をさすのであり、「悲惨な表象」とはキリストの木像をさすのである。
一二リーグ  一リーグは三マイルである。
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 〔第九章 ゴルゴンの首〕
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ゴルゴン  ギリシア神話の醜怪な容貌をして頭髪は蛇であったという女怪であって、一目でも見る人をことごとく石に化せしめたという。
決して断絶することがないはずの王統  フランスのブルボン王統をさす。ブルボン王統は永久にフランスの王座を保つであろうと予言されていた。
消化器のような恰好  円筒形で、先が円錐形をなして尖っている形。
彼はイギリスでチャールズ・ダーネーとして…………  前に侯爵がこの甥を「ムシュー・シャルル」と言ったが、フランスでシャルルという名は同じ綴字で英語ではチャールズと発音するのである。
拘禁令状  第一巻第四章の註に記した如く、フランスの国王の私印で封印した密書であって、それを国王から貰った人は、それに誰でも任意の者の名を記入して、その者を裁判なしにただちに投獄することが出来た。
その屋根の鉛が…………  大革命時代からナポレオン戦争時代にかけて、建物の屋根瓦の鉛が溶かされて銃弾にされたのである。
イギリスはたくさんの人間の避難所になっている  ヨーロッパ諸国の亡命者などは多くイギリスへ亡命したのである。
ドイツの民謡のレオノーラ  ある乙女が十字軍遠征に行って死んだ恋人を歎き悲しんでいると、夜呼び起され勧められて、馬上の自分の恋人に見える姿の背後に乗って駈け去ったが、それはほんとうは恋人の骸骨の幽霊であったという。十八世紀の末頃にはこの詩はイギリスでもよく知られていた。
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     解説
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    第一巻 甦る
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〔六章から成る。この物語全体に対する短い序曲。出来事は一七七五年の秋から冬へかけてのわずか数日間のこと。場面はイギリスのドーヴァー街道からフランスのパリーへ。「甦る」という暗号文句を標題とし、フランスの一医師が十八年間の獄中の監禁から再び自由の世界へ甦るまでの顛末が語られるに過ぎぬ。この物語における最も主要な人物でさえこの巻ではまだ全然現れていない。〕
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第一章 時代  この章では、作者ディッケンズは、一七七五年すなわちアメリカ独立戦争開始の年でありフランス大革命勃発の十数年前に当る頃におけるイギリス及びフランス両国の政治的及び社会的状態を、陰翳の多い筆で一抹的に描いて、この物語の発端の背景としている。純然たる序言的な章である。
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第二章 駅逓馬車  物語はロンドンからドーヴァーへ通ずる街道から始る。一七七五年十一月末の夜。丘を登るドーヴァー行の駅逓馬車、その傍を歩く一乗客、泥濘の道、馬車を曳く馬、谷々をたちこめるイギリス名物の霧、厚く身をくるんだ乗客たち、馭者と車掌、等、等、――この物語の初めの方は長編の発端らしく悠々としてその道を辿り、遅々として進捗しない。先へ進むに従って速度が速くなる。そのドーヴァー行の駅逓馬車を早馬で追いかけて来た使者のジェリーが、ロンドンのテルソン銀行のジャーヴィス・ロリーという乗客に「ドーヴァーにてお嬢さんを待て。」という簡短な手紙を渡し、「甦る」という奇妙な返事を受けて引返す。この章の筋はそれだけに過ぎないが、読者をも霧の中にいるような雰囲気の中に残す。

第三章 夜の影  この章では、馬車と別れてロンドンの銀行へ帰ってゆくジェリーと、馬車に乗ってドーヴァーへ向うロリーとが書かれているだけで、物語の筋は一向進展しない。ただ、読者にますます疑問と期待との感を抱かせる。「夜の影」とは原語では「夜の闇」の意味であり、それが彼等にとってその夜それぞれの形をなして現れる。ジェリーは生粋のディッケンズ的人物の一人である。ここでその容貌が作者一流の幾分誇張的で怪奇的《グロテスク》な戯画的手法でスケッチされる。ディッケンズは常に作中人物の容貌風采はもとより音声に至るまでもはっきりと想像したので、各主要人物のそれらを必ず書いている。甦るという言葉に悩まされるこのジェリーは秘密の商売を持っているのだが、その商売が何であるか、またその商売がこの物語にいかなる関係を持つことになるかは、ずっと後の第二巻第十四章と第三巻第八章とに至ってようやく判明するのである。ロリーの馬車の中での夢と現実との交錯は、はなはだ小説的に巧みに書かれている。心に重くかかる何かの用件を持って一晩夜汽車に乗ったことのある読者は、このロリー氏と幾らか似たような経験を持つであろう。彼の夢に浮ぶのは、彼の勤務先の銀行と共に、年齢四十五歳の男の物凄く瘠せ衰えた顔。その男との想像上の対話。それから空想の裡でその男を頻りに掘り出し、その男がようやく出て来ると、たちまち倒れて塵になる。そういう陰惨な夢と、その夢から覚めて見る窓外の紅葉黄葉の疎林と美しく昇る朝暾とは、対照の妙を得て効果的である。

第四章 準備  その日の午前に駅逓馬車の著いたドーヴァーの旅館。それまでぼってりと身に纒っていたものを脱いで正装して食堂へ入るロリー氏。六十歳の独身の紳士、テルソン銀行員。この物語において最初に登場し、最後まで副人物的な役割を勤めるこの一主要人物は、この旅館の食堂で肖像画を描かせるために著席しているかのように静かに腰掛けている間に、作者によってその肖像画をペンで描かれる。それから、ドーヴァーのスケッチ、その他。その夜、彼の後を追うて来たマネット嬢。大きな薄暗い一室で、読者はまた十七歳ばかりの本編の女主人公《ヘロイン》に紹介される。ここで、パリーでこれから処理さるべき事務の準備として、約二十年前の事がロリーの口を通じて一部分語られるのである。前章以来の読者の疑問の霧は幾分かは霽れる。この章の終りのところで初めて登場するマネット嬢の附添いの婦人プロス(ここでは名は記されていないが)。彼女はディッケンズ的喜劇風の身振りで現れて来て読者を微笑させる。駅逓馬車から犬のような様子で出て来るロリー氏の描写や、食堂での彼と給仕人との会話や、その他の細部の巧みさなどは、一々指摘しない。
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第五章 酒店  場面はパリーの貧民窟サン・タントワヌに移る。前章から数日後の冬の日。街上に葡萄酒の樽が壊れて、流れる赤葡萄酒を飢えた人々が争って飲む光景。この街上の葡萄酒は、後にこの区域から始った大革命の流血を前兆するのである。ここに描かれたサン・タントワヌ街の窮乏と汚穢との画面はその臭いまでも読者に感じさせ、極めて傑れている。荘重で峻厳なカーライルの文体を思わせるところがある。この街の酒店の主人ドファルジュとその妻とがここでその風貌を描写される。共に年齢三十歳前後。この二人がいかなる人物であるかは第二巻第三巻に至って次第に明かにされる。しかし、この物語の「姿なき主人公」とも言い得る「革命」は、この章において微かにその前奏曲が奏されている。飢餓、貧窮、欠乏、狩り立てられ、追い詰められかけている人民の野獣的な顔付、ジャークという同一の名を持つ者の秘密結社。マダーム・ドファルジュは既にその編物を始めている。このサン・タントワヌの酒店にマネット嬢とロリー氏とが現れる。そして、彼女の父マネット医師の昔の召使人であったムシュー・ドファルジュの案内で、酒店の附近のある建物の六階の屋根裏部屋へとムシュー・マネットに会いに上って行く。なお、ドファルジュがいかなる人々からマネットを引取ったかは、はっきりとは書いてない。ドファルジュがジャークという同じ名の連中にマネットを覗かせるのは、貴族の圧制と暴虐との一標本を見せるためなのである。

第六章 靴造り  サン・タントワヌ区のある屋根裏部屋。まだやはりバスティーユの牢獄の中にいるつもりで頻りに靴を造っている変り果てた白髪のマネット。名を問われると「北塔百五番」とのみ繰返す永年の囚人。その永年の監禁のために暗雲に鎖された智力。父と娘との初めての対面。娘の髪の毛や声によって微かに甦った遠い昔の記憶。娘の永い言葉によってようやくごく微かに甦った智能。夜になってから、訪問者たちはこの甦る人ムシュー・マネットを馬車に乗せてイギリスに向ってただちにパリーを立つ。パリー市の城門でドファルジュだけが下りて別れる。街灯の下から大空の永遠の灯――星――の下へと走る馬車。第三章の駅逓馬車の中で幾度も繰返されたあの空想の対話が再びロリーの耳に戻って来て、巻を閉じる。
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    第二巻 黄金の糸
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〔二十四章から成る。序曲に次ぐ展開部である。最も長くかつ変化に富む。年月は一七八〇年三月から一七九二年八月に至るまでの十二箇年余、場面はロンドンとパリーとフランスの田舎とにわたる。この作中の諸人物はほとんどすべて登場し、女主人公《ヘロイン》が彼女の黄金の糸を巻いてゆき、第三巻で起る波瀾はこの巻において完全に準備される。〕
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第一章 五年後  ロンドン。前章から五年後すなわち一七八〇年。初めに、ロンドンのテムプル関門《バー》の傍にある古風なテルソン銀行が描かれる。極めてイギリス風な銀行であることが巧みに語られている。それに附随して、テムプル関門《バー》の上に曝されている処刑者の首のことから、当時死刑ということが少しも珍しくなかったことが書かれているのは、続章に出て来る叛逆罪の裁判に対する一種の予備知識を読者に与えるためであろう。それに続いて、この銀行の戸外に息子と共にあたかも「銀行の生きた看板」であるかのような役を勤めているジェリー・クランチャー君が再び登場する。その年の三月のある朝。まず彼の私宅の場から始る。クランチャー君は、息子の小ジェリー君や、前に出た女丈夫プロス女史や、後に出て来る弁護士ストライヴァー先生と共に、この物語における喜劇的人物である。自ら「実直な商売人」と称する彼が、温順にして敬虔な細君の祈祷に頻りに文句をつけるのは、何か多少良心に疚しい所業をしているからであろう。彼のいわゆ
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